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2011-10

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熊野古道中辺路復旧状況 - 2011.10.31 Mon

【台風で崩落被害の熊野古道に仮設路 年度内再開へ - 紀伊民報】

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111024-00000003-agara-l30

9月の台風12号で最悪規模の被害を受けた熊野古道中辺路三越(みこし)峠に関する記事です。
ご参考までに。


20090222野中~熊野本宮大社 (201)
写真は今回被災した三越峠東側1kmあたりの被災前の様子
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アメリカ国立公園レンジャーのガイド無事終了 - 2011.10.29 Sat

イエローストーン等で活躍中のレンジャー女性の4日間にわたるガイド、無事終了しました今回はガイドだけでなく、あらゆるディスカッションができ、とても実りのある4日間になりました米国西部をカバーする国立公園との新たなコネクションを築けました

人が昔から旅した道で世界を繋ぐ私の夢にまたまた一歩近づいたわ

詳細はまた改めます

タイ、カンボジア水害の義援金について - 2011.10.23 Sun

本日、mixiつながりで得た情報です。ご存知のとおり、タイもあまりニュースに出てこないカンボジアも記録的な水害に見舞われています。下記のように義援金を送ることができるそうなので参考までに。以下、情報を出していただいた方の許可を得て引用します。


「政府の支援が発表されましたが、被害が確定していないので、募金が必要かと思います。

タイのニュースは見ますが、カンボジアはあまり見ませんね。

ユニセフやNPO等が募金受付をしているようですが
確実なのは大使館!
書留や振込ができます。

タイ大使館
みずほ銀行 目黒支店
当座預金 支店番号194
口座番号39710
口座名Royal Thai Embassy

〒102-0074東京都 千代田区 九段南2-2-1


カンボジア大使館
〒107-0052東京都 港区 赤坂8-6-9


タイは震災時、2億バーツ(約5.4億円)の支援予算の他、米1万トン以上・食料・飲料・毛布・衣類…沢山助けてくれました。
スラム街の子どもまで募金してくれました。平均月収は3万円位だそうです。
戦後は、同じように米を。また敵ではないと、サンフランシスコ講和条約には参加しませんでした。

カンボジアは、やはり震災時に10万ドル、2万ドルと義援金を下さいました。他は勉強不足です(>_<)地雷撤去等での協力は有名ですね。

他にも、セブンイレブンやファミマ、楽天銀行クラッチ等々募金ができます。

タイもカンボジアも、募金が沢山集まって、治水まで出来たらいいのに!」

THE BOOMの曲を聞いて - 2011.10.23 Sun


THE BOOMの「そばにいたい」を聞いています。この曲を聞き、思い出すのがハタチのとき、沖縄県八重山諸島を放浪したときのこと。このときはテント旅でしたが、猛烈な勢いで直撃してきた台風から避難するため、数日間民宿をとってこもっていました。その時宿で何度もかかっていたのがこの曲。台風は3日も居座り続けたが、仲間と語り合う時間が何事にも変えがたかったです。この思い出がその後の私の人生にもたくさんの影響を与えました。この時の台風は12号。



そして今回の紀伊半島豪雨も12号。



私の人生にはかなりの頻度で「台風」が付きまとっている…



そしてそれは何らかの形で私の人生観を揺るがしている(いい意味でも考えさせられる意味でも)


音楽などを伝ってそれに気づかされる私がいる。

熊野参詣道・川端街道の現状 - 2011.10.21 Fri

熊野川の急峻な河岸にへばりつくように敷かれたいにしえの道「川端街道」も、今回の台風12号の豪雨によって山ごと大きく崩壊してしまいました。熊野川はその昔、熊野本宮大社への参拝を終えた貴族や皇族が河口部に位置する速玉大社へ向かう際に利用した川の参詣道でした。そんな熊野川に並行するように設けられたのがこの川端街道であり、庶民の巡礼者が川行く船を横目に歩いたほか、近代では奥熊野地方に筏を回送する役目を果たした筏師たちが行き交っていました。

きっと過去を振り返ってみても、数百年のサイクルでこのような豪雨に見舞われていたに違いありませんが、やはり人間レベルでこの現状を見ると驚愕を隠せない私たちが今ここにいます。以下の被災写真は、普段大変お世話になっている観光局長の北村氏の許可をいただいて掲載いたします。また、参考までに被災前の状態の写真も同時掲載します。

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ガレ場のすぐ上にみえる筋がいにしえの川端街道 そのさらに上の筋は現在の県道でした

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谷の部分が小規模な深層崩壊を起こし、新しい滝ができています

20090830川端街道せんじ帰し
被災前の状態1

20090830熊野川 (2)
被災前の状態2(被災前の2枚はいずれも2009年8月30日 うえのってぃ撮影)


この熊野川では、風のチカラでこの大河を行き来していたいにしえの旅路を甦らせようと、三重県紀宝町在住の川舟大工、谷上嘉一さんが「熊野川体感塾」を立ち上げて様々なエコツアーを企画していました。今回の台風では谷上さんのメインフィールドであった熊野川はじめ、川端街道や飛雪の滝キャンプ場も被災してしまいましたが、谷上さんは体感塾の再開に向けて動き出しています。ツアーは来年2月末までは中止ということですが、ぜひ再開した暁には真っ先に駆けつけたいと思います。今回の災害による衝撃もダメージも大きいですが、これも何千年もの間に何回もくり返されてきた光景です。これを私たちも後世へ伝えて行かなくてはなりませんね。

よみがえりの地熊野のチカラ - 2011.10.21 Fri

【大しめ縄、1ヶ月半ぶり 熊野那智大社】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111019-00000000-agara-l30
9月4日、未曾有の台風豪雨で切れていた那智の滝の大しめ縄が1ヶ月半ぶりに掛けられました。

【修学旅行で熊野古道大辺路を歩く 横浜の高校生】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111020-00000007-agara-l30
10月20日、紀伊民報の記事です。大辺路刈り開き隊の隊長上野さんや神保さんも出ています!


災害当時は紀伊半島から離れている地域ほど情報が伝わりにくかったためか、被災している地域の状況を知らずに観光に来ようとしている遠方の方が多かったのですが、被害状況が全国に知られるに連れ、今度は被災を免れた地域までもが“風評被害”を受け始めている現実があります。すでに受け入れ態勢が整った地域がほとんどですが、来訪者が例年の1~2割に留まってしまっている地域も。

遠方の地域の刻々と変化する全体像が伝わらないのはある程度は仕方がないことと思います。だからこそ、現地で最新情報を得やすい環境にいる私たちが発信していかないといけませんね。

新カメラ購入! - 2011.10.19 Wed

新カメラ購入しました~なぜならば、現カメラが突然壊れたからっ 人より10倍撮るからか、ぽしゃる速度も早いらしい
この際と思い、一眼レフの買っちゃいました 昨年モデルだから、一眼レフとしては破格でしたよ


はぁぁ、今年はパソコンといいカメラといい、高価なものがゲリラ的な壊れ方するんですよねぇm(__)m

槍ヶ岳10月9日 - 2011.10.14 Fri

10月9日、普段の就寝時間のような朝(深夜!?)1時に起床。当たり前ですが周りのテントは寝静まり還っていましたので、音を立てないように出発準備をし、槍沢キャンプ地ババ平を1時45分に出発。この日はテントや寝袋などはここにデポしておき、必要装備だけを担いでババ平から槍沢経由→槍ヶ岳→東鎌尾根→水俣乗越→ババ平という行程でした。そしてテントを撤収してさらに上高地まで歩いたので、歩行時間は17時間です☆私の人生の中では2番目に長い歩行時間でした(笑)


真っ暗な中、ヘッドライトの明かりだけを頼りに真っ暗な槍沢を登っていきます。視点がヘッドライトに照らされている一箇所に集中するので、夜間歩行はけっこう目が疲れます。時々休憩するも3分もすれば凍える寒さに。頭上は満天の星空なのですが、遥か東方にオレンジ色の稲妻が横走りしていました。千葉県房総半島域の大気が不安定らしく、局地的に強い雷雨が発生していたとのこと。


3時間ほど歩き、槍ヶ岳直下の殺生ヒュッテに着くと、空には紫色からオレンジ色という広範囲のグラデーションが出現、太陽を出迎える準備が整ったようです。私たちもご来光を拝む準備が整いました。わんたろうさんから頂いたチャイで体を温めながらご来光とモルゲンロードというナチュラル・ショーにしばらく目を奪われていました。

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体が温まったところで30分ほど歩き、槍岳山荘に到着。ここはまさに10年ぶりです。小屋がかなりモダンになっており、ちょいとびっくり。以前のひなびた槍岳山荘も好きでしたが、「キッチン槍」なる小じゃれたタベルナ風の食堂のある槍岳山荘もなかなかイキでした☆ここには槍ヶ岳ワインも販売されています。基本テント派の私ですが一度ここでゆっくり泊まってみたいな^^(ワイン目当てに槍ヶ岳か・・・w)バックパックを山荘の軒下に置き、貴重品だけ携行して槍ヶ岳に登頂~!!!昨年も一緒に奥穂高に登頂したSちゃんは奥穂高から槍ヶ岳を見て以来すっかり槍に惚れ込んでしまっていたこともあり、初登頂にとっても感無量、満面の笑みを浮かべていました。一方のわんたろうさんはなんと今期3回目の登頂、T氏はなんと子供時代に登頂しておよそ50年ぶりとのこと!そして、まだまだロングトレイル初心者だった19歳の頃以来の登頂になる私。山頂にいた時間はわずかですが、それぞれの“槍ヶ岳”にひたっていました^^♪

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槍岳山荘 大にぎわい!


黒部五郎、薬師、立山連峰、後立山連峰から直下の大キレット縦走路、乗鞍、御岳、南アルプス・・・(アゲタラキリガナイ!!)贅沢な展望をしっかり目に焼き付けた後に下山開始。30分ほどで小屋につき、カップラーメンの朝食を済ませた後はとっておきの下山路「東鎌尾根」に入ります。多くの登山者が行き来する槍沢ルートに対し、ここはなかなかの穴場。だがしかし、先日の台風12号や15号、梅雨明け直後の前線による長雨(いずれも当初予定していた縦走キャンセルの元凶w)により、随分と地形が変わっていました。崩壊したてホヤホヤのガレ場や、設置して間もないはしごの真横に土砂でぐにゃりと曲がったはしごなど、結構肝冷えモンでした~(汗)「うえのってぃチョイスのルートはいつも珍道中やわぁ~」と苦笑する友達に「東鎌尾根はこんな険路ではなかったはずやよ~」と必死に弁明する私^皿^; 槍岳山荘からおよそ2時間で水俣乗越に到着。ここからはさらにツヅラ折れの急路を槍沢の大曲まで下り、その後は20分ほどでババ平に戻ってきました。

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黒部五郎方面の波打つ尾根々

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キレット方面

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東鎌尾根入ってすぐ、絶好の「槍担ぎ」ポイント!

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ヒュッテ大槍からの槍ヶ岳 おそらく一番美しいアングルかも

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槍を眺めるわんたろうさん

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深い槍沢を尾根から見る

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高度感ある東鎌尾根

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なんちゅうハシゴじゃ~!!付近一帯は最近崩壊したそうです

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水俣乗越

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大曲で槍沢に再び出会う


テントと寝袋を撤収し、ちょいと昼寝をした後、上高地向けて歩き始めました。気楽にのんびりマイペースに歩いて、17時前に徳沢園到着。このあたりでタクシーを予約しようと公衆電話でかけると、「釜トンネルが閉まるからあと1時間半で上高地に着かないとタクシーは締め切るよ」とのこと・・・私のしたことか・・・釜トンネルに時間制限があることをすっっっかり忘れていました~>< 「ひえ~」とあわてふためく私たちを横目に受話器の向こうからは「こうして話している間にもまだ歩けば間に合うよガンバレ~」と愛郷あるタクシー会社のおっちゃんの声(笑)


明日、Sちゃんは「木花堂」を開店しなければならなく、私もガイドの予定が入っていたので最悪朝8時までには三重県東紀州地域へ帰らないとならなかったので、何が何でも今日中に上高地を出なければなりませんでした(慌ただしい~)ということで、すでに15時間歩いている皆さんに最後の力を振り絞ってもらい、徐々に暮れていくトレイルを超速歩行で駆け抜けました~!!そして10分前になんとか上高地in!私以外の皆さんはへとへとでした~ こんな“隊長”でスミマセ~ン



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帰路~

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槍見河原で最後の槍を見送る バッチリ撮れました!

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暮れゆく横尾

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すっかり暗くなって上高地ゴール!!



なんとかタクシーをつかまえられ、上高地を後にします。沢渡に着いて温泉でほっこりしたあとは岐阜へ帰るわんたろうさんと解散、私たちはあと6時間半掛けて三重県南部に帰るのみ・・・というわけにはいかず、この先何度か珍道中に遭遇いたしますw 尾鷲組は午前3時に、熊野組は同4時に無事帰宅しました~






槍ヶ岳10月8日 - 2011.10.14 Fri

10月7日深夜から9日まで、北アルプスは槍ヶ岳に行ってきました。
この山旅、本来は8月下旬から9月上旬までおよそ1週間かけて表銀座および常念山脈を縦走し、一旦横尾に下りて槍ヶ岳でフィニッシュ!という予定でしたが、台風12号に来襲された上に紀伊半島があのような被害に遭ってしまったのでこの時期の延期となり、期間も短くなってしまいました。しかし、黒ずむほどの深く青い空を突き刺さんばかりの槍ヶ岳を拝むことができました!


槍ヶ岳は2回目で、前回登ったのは十九の頃。以前と比べ、山ガール、山ボーイブームもあってとても若い人たちが増えていました。あらゆる年代層の人々で賑わっているのは良いことですが、どこかこの山も「富士山化」しつつあるような気がします。それにあらゆるところで「トイレットペーパーは山小屋にはないのか」などの質問をする人々も…。「山ガール」たちの年齢層とさほど変わらない私が言うのも何ですが、以前の槍ヶ岳が少し恋しい気もしました・・・。


今回も、Sちゃん、わんたろうさん、T氏という愉快なメンバーと珍道中がなんとも言えずホント楽しかった!!本当はみかん君もメンバーに入ってる予定でしたが、農家であるみかん君、今回の台風12号の影響で重要なお仕事が入ってしまい、今回は行けなくなってしまいました(><;)くすん


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10月7日19時、SちゃんとT氏と私が尾鷲で集合し、国道42号+紀勢・伊勢・中央各自動車道+国道158号を経ておよそ6時間半掛けて沢渡駐車場へ走りました。そこで岐阜からのわんたろうさんと合流。ワインで乾杯した後わずか2時間の貴重な仮眠をとります。寝たと思えばもう起床、朝5時頃、予約していたタクシーで上高地へ向かいます。


6時、上高地バスターミナルに到着し、登山届を提出していざ出発!!もうすでに大勢のハイカートレッカーで賑わっていました。キーンと冷えており、数日前の寒波では穂高周辺で初冠雪も確認されています。各地で出発する人々を見回っている山岳警備隊は「○○山は雪はありますか!?」「アイゼンいりますか~!?」のとの質問攻めに遭っていました(汗)


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早朝の穂高連峰

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バスターミナルにて 出発準備をするハイカーたち


6時10分出発!この先はこれまで何度も何度も歩いている道を経て槍沢キャンプ地(ババ平)まで5時間ほどかけて歩きます。ザッザッザッと、大勢のハイカーのトレッキングシューズとストックが地面と触れあう音が冷え込んだ朝の上高地にこだまします。これから皆さんそれぞれ、涸沢、穂高、槍、常念へとそれぞれの思いを抱いて歩を進めていっています。

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朝日を浴びる明神岳

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上高地から約2時間 徳沢園キャンプ地

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横尾までは人が多い 

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上高地から約3時間 横尾山荘前

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ここからは人気の涸沢への道が分かれます
ほとんどのハイカーが涸沢を目指すようです
横尾を過ぎると人がグッと減っていきました

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横尾からおよそ40分で槍見河原に ここで初めて槍ヶ岳がみえます

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とてもきれいな槍沢

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チームマタタビ勝手に命名  ジャンプ岩!

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槍沢ロッジ

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槍沢ロッジの電源を担う”水力発電所” かわいい!



お昼過ぎに槍沢のババ平到着、本日はここでテントを張り、まったりのんびり☆しかし、槍沢カールの入口に位置するこの場所は谷が非常に深く、14時過ぎには“日没”を迎えてしまいます~ 真っ昼間の日なたはけっこう暑かったけれど、“日没”と同時に一気に冷え込みました。防寒具を着込み、チキンラーメンとワインの昼食に。しかし、腹時計とは非常に素直なもので。昼食からわずか2時間で、周囲が徐々に暗くなるのと同時に私たちの胃袋は早くも夕食モードに突入しました。

夕食はSちゃんからのタイカレー、わんたろうさんからのミートスパゲッティでまさに“ユーラシアディナー”!!その後は槍沢を伝う冷たい風と楽しいトークを肴にワインとウイスキーをたしなんでいました。さて、明日は起床1時。18時にはお休みなさ~いzzz


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ババ平

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クッキングタイム

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ミートスパfromわんたろうさん

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タイカレーfrom Sちゃん

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暮れゆく槍沢(といってもまだ15時過ぎ!)

熊野市井戸川の様子 - 2011.10.13 Thu

10月4日、JR熊野市駅から熊野の山間部の集落、赤倉まで徒歩で行ってきました。目的は、今回の台風12号で車道の寸断によって一時孤立した赤倉に必要な物資を届けたいにしえの生活道を調べることと、土石流の被害に遭っているのにほとんど報道されていない井戸川の状況を確認することでした。総距離およそ16km、およそ5時間の行程でした。熊野市駅から井戸町に出た後、熊野市街地と神川地区を結ぶ県道34号線を瀬戸地区まで進み、瀬戸地区からは古道に入ってかつての「一ノ水峠」を越え、赤倉に至るルートです。井戸町付近も井戸川氾濫でかなりの冠水がありましたが、市街地ということもあり、土砂や泥はほとんど取り除かれていました。しかし市街地を離れて上流部へ行くにつれ、土石流の爪痕の凄惨な光景が徐々に目立ってきました。


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熊野市駅を出発!!

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復旧作業中の紀勢本線井戸川鉄橋 10月11日に開通しました

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県道34号を山手へ歩いていきます

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氾濫した井戸川沿いの畑には土砂が積もり、このような姿に・・・

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井戸川沿いの神社

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土砂に破壊されたブロック塀


以下、井戸川の中流の様子

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こんな時でも直売のみかんを置いてくださる人がいる

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大馬神社への道の路肩

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土石流につぶされた軽トラック

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大馬神社への道を右側へ見送ると間もなく瀬戸の集落が見えてきます。斜面に築かれた幾重もの石垣と棚田が見られる昔ながらの熊野らしい集落です。ここから赤倉へ至る一ノ水峠越えの古道が始まります。県道34号からは井戸川を越える小さな橋は土石流により半壊していました。付近の川に臨む家屋も倒壊しかかっています。里の棚田を縫う急な坂を登ると山道に入ります。山中にもかつての棚田跡が残っており、地形図に記してあるかつての古道との境が一部わかりづらかったので、周りの地形、そして地形図とのにらめっこ時間がしばらく続きます。ようやくしっかりとした踏み跡を見つけ、徐々に高度を稼いでいきます。瀬戸側の古道は若干倒木はあったものの、とくに台風被害を受けている感じはありませんでした。昔から自然災害にあっては修復し、そしてまたそれをくり返し…この流れでいにしえの道は今に生きているのです。


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瀬戸集落の一部 民家の間近を土石流が・・・

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瀬戸集落の川沿いの家

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一ノ水峠越えの古道へはこの橋を渡る

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美しい瀬戸集落の棚田

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古道 きれいに道が残っています

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林道交差点に出た~!


瀬戸の集落を後にしておよそ1時間半後、一ノ水林道との合流点に出ます。ここでほっとひと息行動食タイム~。林道を峠方面に1kmほど歩くと一ノ水峠への古道入口が左側にみえてきます。ここから峠まではしっかりした石畳が残っています。およそ30分ほどで、お地蔵さんたたずむ一ノ水峠に到着。この峠は以前にも歩いたのですが、何か様子が違う。お地蔵さんのとなりにある木の根本が半分浮いている… 峠北側が大きくえぐられていたのです。こんなところにも台風は大きな爪痕を残していました。そして赤倉側に下るにつれ、さら大きな衝撃を受ける光景が次々と私たちの目に飛び込んできました。

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一ノ水峠直下の石畳道

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一ノ水峠の地蔵とはるか下の瀬戸集落

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瀬戸集落はどこから見ても美しい


一ノ水峠から赤倉への下り道は、沢に沿ったきれいな石畳が残っています。沢にはもともとガレ場がありましたが、徐々にそのガレの量が半端ではないことに気づきました。そうです、この沢でも大きな土石流が発生していたのでした。下の方に行くと石畳道は土砂にすっかり飲み込まれ、その土石流は一ノ水林道までをも寸断してしてしまい、林道交差点にあった水呑地蔵は跡形もなく消えていました。その景色を私たちはただただ呆然とたちすくんで眺めるのみ。一体誰が何のために…いや、これは誰の所為でもない…理不尽なんだけれども理不尽とすらも思えない、ぶつけようのない衝撃や憐れみを胸の内に抱え込むことしかできませんでした。


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土石流の飲まれた赤倉側の石畳

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土石流に遮断された一ノ水林道と一ノ水隧道

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林道交差点から先は、沢に沿う古道が赤倉まで続いているので、そこを辿りながら歩きました。しかし、この沢自体が土石流に覆われてしまっているため、古道は跡形もありません。とりあえず沢から離れないように下流部へと歩いていきます。人工的に護岸された川底にはおそらく藻が繁っていたと思われますが土石流ですべて押し流され、道路と間違えてしまうほどに何もありませんでした。そしてその先にはぐにゃりと鉄筋がむき出しになった砂防ダムとこれらの土砂の衝撃でこなごなに砕かれた護岸コンクリートが散乱していました。

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これ、川です・・・すべてが洗い流されて川底がきれいに見えています


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このような状態の中を歩くこと1時間でようやく石畳を伴う古道を見つけることができました。道は再び一ノ水林道に合流し、ここから先は徒歩30分ほどで赤倉の里に入っていきます。里に着いた頃は14時を過ぎていてさすがにお腹がぺこぺこ。ここで大阪から移住したロッククライマー夫婦が営む「ちゃや」の名物の「ジビエカレー」と無農薬自家製で心とお腹を満たしました。

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ようやく赤倉の里へ出ました

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この後は、友達が取材のために写真家や編集者との打ち合わせがあったので私たちもそれに同行していました。赤倉の里にはいつもの秋と変わらずヒガンバナが咲き誇っており、熊野の里を照らしていました。自然界からすればいつもと変わらぬ秋、しかし私たち人間から見ると、自然の牙、その中で生き続けた道と人への再確認など…あらゆる意味で考えさせられることが秘められた特別な秋となりました。


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SAVE KUMANO - 2011.10.12 Wed

和歌山県田辺市本宮町で、ウェブサイト「みくまのネット」を運営されている大竹さんと食品加工会社「熊野鼓動」代表の横瀬さんが、地元で復興に向けて積極的に活動をする人と全国各地で応援して下さっている人々をつなごうと、「SAVE KUMANO」というサイトを立ち上げられました。平成最悪の台風による戦後最悪の土砂災害に見舞われた紀伊半島ですが、「よみがえりの地熊野」の言葉通り、自然と人との共生を保ちながらも再生しようとしています。


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【SAVE KUMANO! われに還る熊野】
http://kumano-kodou.jugem.jp/?eid=593

今回の台風12号による大雨で熊野川やその支流が氾濫。がけ崩れや道路・橋の崩落が多数発生し甚大な被害をもたらしました。私たちの工場は浸水を免れましたが、多くの田畑が水没し、泥が厚くかぶった状態です。ボランティアや行政の力で人家や道路などの片付けは進んできていますが、田畑の方は後回しになっているのが現状です。田畑が荒れることなく再び作物が栽培されてこそ熊野の田園風景が蘇り、地元の経済が回り始めていたことの指標にもなると思います。

この困難な時期に熊野に住む私たち、遠隔地で応援してくださっている皆さんの心を繋ぐ印として、またこの現状をよくご存じない方々へのアピールとして、このステッカーを貼っていただければと思い制作しました。当社のHPからお買い求めいただけます。収益は田畑の復活のために使わせていただきたいと思っています。 (SAVE KUMANOのトップページより引用)

自然の猛威の中失われてゆくもの、結ばれ前進するもの - 2011.10.06 Thu

災害から1ヶ月が経ち、かなり広範囲に及んだ被害状況が徐々に把握されてきた今日この頃です。
とはいえ奥深い紀伊半島のこと、いまだに手つかずの地域やまだ調査自体できていない区域も多い現状です。

熊野でNPOスタッフをしている友達が、田辺市本宮町で前向きに取り組む人々のことを載せていますのでここでもご紹介いたします。このほかにも被災された人たちがその後を綴ったブログも紹介されています。

【台風12号】 SAVE KUMANO ステッカーを熊野鼓動さんが発売】
NPO法人熊野ふるさと倶楽部Stuffのblog 2011年10月03日
http://kumanofurusat.jugem.jp/


最新熊野古道情報です。台風上陸後の9月6日に、熊野古道伊勢路の横垣峠に大きな崩壊が見られたと報じられましたが、詳細が掲載されました。熊野の七里御浜沿いに位置する花の窟神社と熊野本宮大社を結んだ本宮道の峠道であり、また神木と阪本の集落を結んだ生活道でもあったこの峠道の一部は深層崩壊により跡形もなく消えてしまいました。

【世界遺産「熊野古道」横垣峠 石畳道の消失】
くまどこ
http://blog.goo.ne.jp/kumadoco/e/6c2c1806c1b3754e91aed21f5669b0fd



米国環境省来日 - 2011.10.03 Mon

今月末、4日間にわたり米国環境省の調査員をガイドすることになりました。国立公園のレンジャーも来るとの事。

数知れない米国内の国立公園の中には、パシフィック・クレスト・トレイルやオレゴン・トレイルなど、数千キロメートルにわたるトレイルもあります。オレゴン・トレイルはかつての西部開拓の古道であり、厳しい環境にさらされながら多くの人が旅した歴史があります。

今回の台風で計画変更を余儀なくされた区間も多いとの事ですが、こんな時だからこそこのような環境の中今まで生き続けた道をありのままに伝えようと思います。

他、フランスからのお客様の予約やテレビ取材のオファーも入り、明るさを取り戻しつつあります。

台風12号による紀伊半島豪雨から1ヶ月(新宮市熊野川町編) - 2011.10.03 Mon

十津川村の後は本宮方面へ戻り、新宮市熊野川町内へ。ここはまさに1ヶ月前から時が止まったような状態になっていました。ほとんどの道が通行止めとなっている関係でここへくるまでが大変ということもあり、ボランティアがかなり不足しているとのことです。道の駅もスーパーも集落もほとんど原形をとどめておらず、電柱には台車が引っかかったまま・・・山津波の恐ろしさをひしひしと思い知らされました。


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ことし7月にリニューアルオープンしたばかりの「ドライブイン志古」

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食堂だった場所

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町中心部のA-coop

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台車がゆがんだ電柱の電線に引っかかったまま

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道の駅瀞峡街道熊野川は、土台を残してほとんどが流されていた

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川の街道、熊野川を味わえる川舟体験施設

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道の駅から熊野川をはさんだ三重県側では土砂崩れが発生して県道ごと押し流されていた

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九重地区

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九重地区

台風12号による紀伊半島豪雨から1ヶ月(奈良県十津川村平谷編) - 2011.10.03 Mon

本宮の後は国道168号を十津川方面へ走りました。和歌山県から奈良県に入ってしばらくすると、温泉街がある平谷地区の手前で路面崩壊のため通行止めとなっていました。この区間は10月10日には復旧し開通するとのことです。通行止めの手前には山道へと入っていく表示が。

この山道は災害時に使われていた唯一の集落へのルートです。通行止めの看板前には長い車の列がありました。村民はみなここに車を置き、30分ほど山道を歩いて集落内外を行き来しているとのことです。ここでは、かつての熊野古道馬越峠がそうであったように古道が災害時の現役道として使われていました。


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十津川への道を貫く168号はこのような地形の中を通っています

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この路肩もかなり危険

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熊野川(十津川)河岸はすっかり変形してしまっている

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ここから通行止め

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通行止め区間左側に、集落へ通じる山道(かつての生活古道)が分かれている

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通行止め前に列をなす車はすべて集落内関係者のもの

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先月4日から10月10日までは老若男女すべての人がここを通るのだ

台風12号による紀伊半島豪雨から1ヶ月(本宮編) - 2011.10.03 Mon

台風12号が上陸し、紀伊半島はじめ西日本各地に被害を出してから早1ヶ月が過ぎました。北海道旭川市では市街地でも初雪が観測されたとのこと、季節は地球の公転と共に刻々と過ぎていきます。報道も徐々に少なくなって雪、全国的にこの台風に関する情報は薄れて行きつつあります。しかし、紀伊半島の熊野川流域をはじめ、9月4日から時が止まってしまった場所も少なくありません。昨日10月2日は、熊野市の花の窟神社での例大祭に参加した後、T氏、そして以前に熊野古道のガイドをして以来仲良くさせていただいている大阪のTさんとともに、和歌山県本宮と熊野川流域の様子を見に行きました。


熊野本宮大社と大斎原は、地元住民が一丸となって復旧に専念しており、土砂などはほとんど取り除かれていて外観はもと通りの町の様子に戻っているかのようにみえました。しかし今までなじみがあったお店など、中ががらんどうになっている家屋が多数を占めていました。大斎原(120年前まで本宮大社があったどころ)埋め尽くしていた土砂がほぼすべてきれいに取り除かれ、被災前とほとんど変わっていない状態にまで戻っていました。


以下、写真を中心載せていきます。


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本宮大社前の国道168号。観光客が全く以内昼間の本宮は初めて見た

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本宮大社参道前 右側の鳥居の半分まで水が来たとのこと

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参道前にあった「もうで餅」 

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特産品店「樹の里」

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大斎原までの道

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大斎原 

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ボランティアの人々

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2009年7月にオープンしたばかりの熊野本宮館

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1メートル50センチまで水が来たそう


花の窟神社例大祭 - 2011.10.03 Mon

10月2日は、三重県熊野市にある日本最古の神社、花の窟神社で行われた恒例の神事「花の窟神社御縄掛け神事」に参加してきました。この神事は毎年2月2日と10月2日に行われており、2月のものは「花窟神社春季大祭」、10月のものは「花窟神社秋季大祭」と呼ばれています。この神社のご神体である高さ45メートルの大岩に長さ170メートルの大縄の端をつけ、もう片端を境内のご神木である松の木に渡します。この際に参加者全員が大縄を七里御浜まで引っ張り、松の木へと持って行きます。

例大祭につきましてはこちらをご覧になって下さい。
花の窟・花窟神社例大祭


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チームマタタビ・ホームページ紹介 - 2011.10.01 Sat

旅が大好き、山が大好き、自然が大好きな若い世代で結成した「チームマタタビ」のホームページが、粗方仕上がりましたギャラリーやバックナンバーなどはまだ未完成ですが、よろしければご覧になってくださいTOP画像は随時変更します

マタタビ・ホームページ

こんなメンバーでやってますちなみに20代がさらに3人入隊予定
マタタビ・メンバー紹介

ありがとう&頑張ろうBBQ - 2011.10.01 Sat

ただいま、台風12号被害に遭った仲間&復旧に関わった仲間十数人が紀伊半島の山奥に集ってBBQなう!今回は親しい仲間も何人か、1階部分が浸水したり大切なものを流されたりして被災してしまいました。

あれから約1ヶ月、報道されていない場所で被災時から時が止まった場所もたくさん存在します。

この辺りで一度ひといきつこうと、友達の一人が急きょ、台風12号で被災した仲間と、復旧に関わった親しい仲間たちを集めてBBQをしようということになりました。飲んで歌って語り合って、本当に人は一人でない、仲間同士繋がっているんだなぁと感じさせられるひとときでした

一緒に参加していたみかん農家(ミュージシャンでもあり、マタタビメンバーでもある)みかん君の日記
柑橘系男子の甘酸っぱい農業日記




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(6).jpg
メンバーの中にはミュージシャンも!!

(8).jpg
我がらの寝床

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