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2017-06

那智川のキオク - 2013.01.28 Mon

1月28日、イラスト執筆のお仕事の取材として、和歌山県那智勝浦町・那智川流域を歩いてきました。


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この日の那智川はどこまでも透き通り、まるで何事もなかったかのように熊野灘を目指して流れていました。
しかしその両岸に目をやると、忘れてはならない“2011・9・4”がしっかりと記憶されていました。


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昨年末、『紀伊半島大水害』という冊子が発行されました。発行元は那智谷大水害遺族会。災害を目の当たりにした地元の方々の写真、被災地の災害前の写真など、後世にも伝えるべき写真、文章で構成されています。目頭を押さえながらでないと読めない部分もあります。紀南地域一帯の書店、コンビニなどで販売されています。


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あれから一年 - 2012.09.05 Wed

2011年9月4日から一年・・・



明治大水害で知られる1889年8月の大水以来







2011年台風12号(TALAS)は紀伊半島はじめ、西日本全域を襲った。



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新宮市相賀 国道168号


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新宮市高田 崩落した高倉神社の屋根(2011年9月17日)


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新宮市高田 雲取温泉と桑の木滝への道標(2011年9月17日)


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那智川沿いの和歌山県道43号(2011年9月17日)


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和歌山県道43号と色川への分岐(2011年9月17日)


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災害直後の那智の滝(2011年9月17日)


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土石流で一瞬にして埋まってしまった那智勝浦町市野々の集落(2011年9月17日)


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熊野古道中辺路・熊野九十九王子のひとつ市野々王子


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災害から半年、新宮市熊野川町の国道168号線から熊野川対岸の三重県側を見る(2012年2月19日)


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濁流と化した熊野川に飲み込まれた道の駅「瀞峡街道熊野川」(2011年10月2日)


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「瀞峡街道熊野川」にあった「かあちゃんの店」看板
※2012年8月に仮設で復活!!



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那智への県道(2011年9月17日)


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那智川沿いの家(2011年9月17日)


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那智の土石流(2011年9月17日)


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熊野川町九重(2011年10月2日)


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紀宝町大和田(2011年9月17日)


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紀宝町浅里、飛雪の滝キャンプ場(2011年9月17日)


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飛雪の滝キャンプ場


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リニューアルオープンしてわずか1か月半後に被災した「ドライブイン志古」
2012年9月現在は再復活してます!


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三重県熊野市、井戸町と赤倉を結ぶ一ノ水トンネルにも土石流が・・・
(写真は2011年10月、2012年9月現在も通行止め)




被災した地区の多くの方々が口をそろえます。



「山が崩れるなんて、あの川があふれるなんて・・・親からも祖父母の代、その上の代からも聞いたことがない」と。



豪雨をなくすこと、台風をなくすことなんてできません。現実に起きた災害として後世に語り継ぐことが現世の私たちの役目でしょう。

台風12号TALASから半年~十津川村、熊野川町編 - 2012.02.27 Mon

先週日曜日、T氏と熊野古道小辺路の現地視察に行った際、2011年台風12号TALASによる被害が甚大だった十津川村、旧熊野川町(現新宮市)を通過した際に見た現地の様子を掲載します。

あれから半年、人々の生活は徐々に戻りつつあるも、至る所で目に入る光景はあのころから時が止まったよう。メディアやネット情報がここまで発達した現代、現地の情報がいち早く手に入るとはいうものの、本当のその場の様子を実際に目で見ることには到底かないません。そこには100年以上かけなければ回復されない風景もある、そこから本当に“自然の大きさ、はかなさ、人間の小ささ、自然に従順になることの大切さ”が伝わるのではないかと感じます。


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橋ごと流され、メディアにも多く出てきた折立橋
(奈良県十津川村折立の国道168号)


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流された旧橋脚 その右側が復旧後の新橋脚


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目もくらむ高さ 当時のことを考えると足がすくみます

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流された橋脚の残骸一部


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十津川村野尻地区


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十津川村平谷地区


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仮設でウォータージェット船と物産展営業を再開したドライブイン志古(新宮市熊野川町)

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建物ごと流された元のドライブイン志古


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心に響くスローガン


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5kmほど下流域にある「道の駅瀞峡街道熊野川」は更地になっていた・・・


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那智の裏滝として知られていた白見の滝


白見の滝、災害前の様子(『み熊野ねっと』さんより引用)
http://www.mikumano.net/meguri/sirami.html


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白見の滝前の熊野川


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対岸は川の熊野古道「川端街道」があったが、大きく地形が変わってしまいました(画像中央を横切る線は三重県道740号、その下部の断崖部に並行するように伸びる線が川端街道)

復活!!熊野の最新情報 - 2012.02.23 Thu

2011年台風12号の爪痕がいまだに残る熊野川流域ですが、自然の猛威にさらされ茫然自失になりながらもココで生きる人、ココを愛する人は一丸となって前進しています。

そんな中、この春のホットな情報を2点お届けいたします☆

【小船梅まつり開催】
熊野川と大台ケ原を源流とする北山川との合流点に位置する三重県熊野市紀和町小船地区は、熊野川沿いに咲き誇る美しい梅林で知られています。ここでは毎年、小船梅まつりが開催され、この小さな集落に数千人ものお花見客が集まります!

熊野の深い山並みと悠々と流れる熊野川のはざまに位置するこの集落はまさに桃源郷、しかしその地形が故に昨年の台風の際には水深およそ20メートルにもなる濁流にのまれ、大きな被害を受けてしまいました。集落の住民は幸い高台にあるお寺に避難していたので全員無事でしたが、この梅林にも多くの土砂が堆積してしまいました。

あれからおよそ半年、これまでに地元のボランティアグループと遠方の学生さんなど老若男女が復旧に尽力し、多少の爪痕は残るもののかなり復旧することができました(うえのってぃも友達2人とともに炊き出しのボランティアに入りました)今回の梅まつりは「台風12号災害復興祈願」の意味を込めての開催とのことです。皆様お誘いあわせの上、梅祭りにお越しになってくださいね!

※私は取材が入っているため、参加ができないので、せめて宣伝だけでもさせていただきますm(_ _)m


日 時 : 2012年3月4日(日)
場 所 : 三重県熊野市紀和町小船地区一帯
詳 細 : http://kumadoco.net/news/view.cgi?no=2554



あと、もう一点とてもホットなニュースです!

2011年9月上旬の台風12号来襲以来、熊野川の大規模な災害が原因で休止していた熊野川体感塾が2012年4月に再開予定とのことです!この熊野川体感塾は、「川の熊野古道」である熊野川の重要な交通手段だった三反帆船を自らの手で作り上げ、体感できるツアーを開催する谷上嘉一さんが代表を務めるエコツアー事業です。


三反帆船とは、これまで物資や人を運んで熊野川を行き来していたもので、下りの際は川の流れを、さかのぼるときは風を利用して動力を得ていた「自然と共存する乗り物」の鏡的存在です。国道168号の開通でその役目を終えた後長い月日が流れましたが、熊野川とともに育ってきた谷上さんはこの川の魅力は決して見た目の美しさだけではないと、川の古来からの姿を多くの人に体験していただくべく独学で船大工になり、自ら作り上げた三反帆船を川に浮かべてきました。その魅力にに取りつかれる人多く、全国各地にファンがいるんですよ。谷上さんは遠方の人には熊野川のそのままの魅力を、近隣の人には地元の魅力再確認という形でこの川の姿を伝えられてきました。


しかし、2011年9月に未曾有の大豪雨をもたらせた台風12号は、谷上さんの船を数層流し、熊野川の地形をも大きく変えてしましました。「これも熊野川の姿の一つ」と常に地元の復興にかかわってこられた谷上さんがようやく今年4月に熊野川体感塾再開をできるとのこと。


ぜひ、美しい熊野川を見に来てくださいね!


熊野川体感塾

台風12号TALASから半年~小辺路編 - 2012.02.20 Mon

久々にこのカテ『2011年台風12号被害状況』への記事投稿となります。


19日(日)は、T氏とともに昨年の台風12号被災後の熊野古道小辺路現状調査へ行ってきました。熊野古道の一つである小辺路は、和歌山県にある真言宗総本山『高野山』と熊野三山の一つ『熊野本宮大社』をつなぐおよそ80kmの古道です。紀伊山地を縦貫する小辺路は標高1000メートルを超える峠を4つ有する(水ヶ峰、伯母子、三浦、果無)峻路で、その地形が故、100年来とされる今回の大水害では所々に大きな傷跡を残してしまいました。この小辺路に関し、こちら尾鷲では「一部通行止め」とされている以外なかなか情報がつかめなかったので今回行ってみることにしました。


今回確認してきた区間は奈良県十津川村五百瀬(いもぜ)と同村西中をつなぐ三浦峠道で、車の関係で五百瀬から峠の往復となりました。この峠道の現状ですが、三浦峠の五百瀬側が大きく崩壊して通行不能となっていましたが、地元の大勢のボランティア(それも老若男女!!)による迂回路設置のおかげで三浦峠までは問題なく行けます。わずか4kmの間に700メートルもの標高差がある急峻な峠道にわずか数か月で拓かれた迂回路、十津川のボランティアや職員のパワーに脱帽です!この日も多くの復旧整備ボランティアスタッフとすれ違いましたが、一人一人に深くお礼をしながら通らせていただきました。これぐらいしかできない自分にとてももどかしさを感じました。せめて、自然の脅威にさらされた山深い古道の復旧、再生はこのような人々によって為されているんだということをこのブログを通じて伝えられれば。






朝起きた時、少々体調が思わしくなかったので少し寝坊し(笑)、遅めの8時半に尾鷲を出発。直線距離では近く見える十津川ですが実際走ると遠く、3時間がかりでようやく五百瀬に到着。8年ぶりに訪れる、風屋ダム湖の奥深くに位置するこの集落に入ってすぐ目に飛び込んできたのは高さおよそ100メートルにわたって崩れていた山面に神納川になだれ込む土石流跡・・・。半年たっても当時の爪痕はまだまだ根深く残っていました。



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正午を過ぎたころ、神納川にかかる吊橋「舟渡り橋」を渡り、三浦峠向けてスタート!!

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地元の小学生手書きのメッセージは三浦峠道の至る所にあります
そして、台風災害警告の手書きの看板・・・「古辺路」になってるヨ^^;

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橋を渡った後すぐ左へ 手書きの小さな道標に心が和む

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登りはじめるとすぐ、古民家と小さな段々畑が奏でるステキな集落が見えます。小辺路はこの合間を縫うように通ります。石垣、石畳のあぜ道、雁木のある古民家・・・この限られた空間の中に確かに残る奥熊野の原風景。この集落の古民家、畑ともに常日頃から手入れされているようです。後から調べてみると、現在この五百瀬地区はUターンやIターンの若者が中心となって農業を生かした地域再生プロジェクトを推進しているとのこと。この小さな集落を過ぎると道は山の中へと入っていき、三浦峠を目指す急な登り道が続きます。


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山中にたたずむ旅籠跡 
突如現れる杉の巨木群は防風林だったという

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旅籠跡の様子

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このような登り坂の連続 非常に歩きやすいです

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山中にたたずむ二十五丁石


三十丁石水飲み場を過ぎたあたりで崩壊現場があり、通行止めとなっていました。この先、三浦峠までのおよそ45分の道のりは地元のボランティアが設置した迂回路を歩くことになります。


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ここから通行禁止(左側)

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迂回路

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峠に近づいてくると視界が開けてきます

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伯母子峠(三浦峠と高野山との間)方面の山並み 雄大!!


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伯母子岳(画面中央左寄り)と伯母子峠(伯母子岳の少し右寄り)

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峠直下のこのポイントで本来の古道と合流
(もちろんこちら側も現在は通行止め)

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三浦峠標高1066m
林道が通る峠には東屋も整備されているが、峠風情はイマイチ・・・^^;
同じ小辺路の伯母子峠や果無峠は古来からの姿が残っているのだが。

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西中(熊野本宮大社)方面へつながる道
爽快な尾根道が続きます


三浦峠を辞し、帰りは来た道を戻ります。10センチほどの雪が積もる道をサクサク下ることおよそ1時間半でふもとの五百瀬に到着。山間のため、日照時間はごくわずか。前回の寒波による雪も徐々に融けてきたかと思うと日が陰り、再び凍結します。本当に寒い地域、それにいまだ残る半年前の台風の爪痕。しかしこの集落はそれには負けない温かさに包まれている気がしました。この地域で地域独特の産業を生かし、再生しようとする若い人々がいること、老若男女が寄り集まってこれほどの険しい古道を再生しようと一丸となっていること、そんな地元パワーが人口わずか100人ほどの集落でパワフルに渦巻いているんだと感じました。


五百瀬の農家民宿情報
http://www.pref.nara.jp/miryoku/nouka/tomaru/kannogawa.html


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不思議なグラデーションに彩られた棚田

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春近し

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三浦峠から見下ろす、伯母子山系に抱かれた五百瀬








まけへんで紀伊半島! - 2011.11.10 Thu

熊野市内の衣料品店でこんなTシャツが販売され、人気を呼んでいます。
(毎日新聞の記事より)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111110-00000020-maiall-soci


こちらは和歌山県本宮町で復興へ全力で取り組まれているサイトです。
【SAVE KUMANO! われに還る熊野】
http://kumano-kodou.jugem.jp/?eid=593


日々気温も下がってきており、台風というものからも徐々に遠ざかろうとしています。しかし我々紀伊半島人は自然の猛威も復興へ絶えず向かうことも決して忘れません。

熊野古道中辺路復旧状況 - 2011.10.31 Mon

【台風で崩落被害の熊野古道に仮設路 年度内再開へ - 紀伊民報】

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111024-00000003-agara-l30

9月の台風12号で最悪規模の被害を受けた熊野古道中辺路三越(みこし)峠に関する記事です。
ご参考までに。


20090222野中~熊野本宮大社 (201)
写真は今回被災した三越峠東側1kmあたりの被災前の様子

熊野参詣道・川端街道の現状 - 2011.10.21 Fri

熊野川の急峻な河岸にへばりつくように敷かれたいにしえの道「川端街道」も、今回の台風12号の豪雨によって山ごと大きく崩壊してしまいました。熊野川はその昔、熊野本宮大社への参拝を終えた貴族や皇族が河口部に位置する速玉大社へ向かう際に利用した川の参詣道でした。そんな熊野川に並行するように設けられたのがこの川端街道であり、庶民の巡礼者が川行く船を横目に歩いたほか、近代では奥熊野地方に筏を回送する役目を果たした筏師たちが行き交っていました。

きっと過去を振り返ってみても、数百年のサイクルでこのような豪雨に見舞われていたに違いありませんが、やはり人間レベルでこの現状を見ると驚愕を隠せない私たちが今ここにいます。以下の被災写真は、普段大変お世話になっている観光局長の北村氏の許可をいただいて掲載いたします。また、参考までに被災前の状態の写真も同時掲載します。

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ガレ場のすぐ上にみえる筋がいにしえの川端街道 そのさらに上の筋は現在の県道でした

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谷の部分が小規模な深層崩壊を起こし、新しい滝ができています

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被災前の状態1

20090830熊野川 (2)
被災前の状態2(被災前の2枚はいずれも2009年8月30日 うえのってぃ撮影)


この熊野川では、風のチカラでこの大河を行き来していたいにしえの旅路を甦らせようと、三重県紀宝町在住の川舟大工、谷上嘉一さんが「熊野川体感塾」を立ち上げて様々なエコツアーを企画していました。今回の台風では谷上さんのメインフィールドであった熊野川はじめ、川端街道や飛雪の滝キャンプ場も被災してしまいましたが、谷上さんは体感塾の再開に向けて動き出しています。ツアーは来年2月末までは中止ということですが、ぜひ再開した暁には真っ先に駆けつけたいと思います。今回の災害による衝撃もダメージも大きいですが、これも何千年もの間に何回もくり返されてきた光景です。これを私たちも後世へ伝えて行かなくてはなりませんね。

よみがえりの地熊野のチカラ - 2011.10.21 Fri

【大しめ縄、1ヶ月半ぶり 熊野那智大社】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111019-00000000-agara-l30
9月4日、未曾有の台風豪雨で切れていた那智の滝の大しめ縄が1ヶ月半ぶりに掛けられました。

【修学旅行で熊野古道大辺路を歩く 横浜の高校生】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111020-00000007-agara-l30
10月20日、紀伊民報の記事です。大辺路刈り開き隊の隊長上野さんや神保さんも出ています!


災害当時は紀伊半島から離れている地域ほど情報が伝わりにくかったためか、被災している地域の状況を知らずに観光に来ようとしている遠方の方が多かったのですが、被害状況が全国に知られるに連れ、今度は被災を免れた地域までもが“風評被害”を受け始めている現実があります。すでに受け入れ態勢が整った地域がほとんどですが、来訪者が例年の1~2割に留まってしまっている地域も。

遠方の地域の刻々と変化する全体像が伝わらないのはある程度は仕方がないことと思います。だからこそ、現地で最新情報を得やすい環境にいる私たちが発信していかないといけませんね。

熊野市井戸川の様子 - 2011.10.13 Thu

10月4日、JR熊野市駅から熊野の山間部の集落、赤倉まで徒歩で行ってきました。目的は、今回の台風12号で車道の寸断によって一時孤立した赤倉に必要な物資を届けたいにしえの生活道を調べることと、土石流の被害に遭っているのにほとんど報道されていない井戸川の状況を確認することでした。総距離およそ16km、およそ5時間の行程でした。熊野市駅から井戸町に出た後、熊野市街地と神川地区を結ぶ県道34号線を瀬戸地区まで進み、瀬戸地区からは古道に入ってかつての「一ノ水峠」を越え、赤倉に至るルートです。井戸町付近も井戸川氾濫でかなりの冠水がありましたが、市街地ということもあり、土砂や泥はほとんど取り除かれていました。しかし市街地を離れて上流部へ行くにつれ、土石流の爪痕の凄惨な光景が徐々に目立ってきました。


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熊野市駅を出発!!

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復旧作業中の紀勢本線井戸川鉄橋 10月11日に開通しました

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県道34号を山手へ歩いていきます

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氾濫した井戸川沿いの畑には土砂が積もり、このような姿に・・・

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井戸川沿いの神社

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土砂に破壊されたブロック塀


以下、井戸川の中流の様子

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こんな時でも直売のみかんを置いてくださる人がいる

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大馬神社への道の路肩

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土石流につぶされた軽トラック

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大馬神社への道を右側へ見送ると間もなく瀬戸の集落が見えてきます。斜面に築かれた幾重もの石垣と棚田が見られる昔ながらの熊野らしい集落です。ここから赤倉へ至る一ノ水峠越えの古道が始まります。県道34号からは井戸川を越える小さな橋は土石流により半壊していました。付近の川に臨む家屋も倒壊しかかっています。里の棚田を縫う急な坂を登ると山道に入ります。山中にもかつての棚田跡が残っており、地形図に記してあるかつての古道との境が一部わかりづらかったので、周りの地形、そして地形図とのにらめっこ時間がしばらく続きます。ようやくしっかりとした踏み跡を見つけ、徐々に高度を稼いでいきます。瀬戸側の古道は若干倒木はあったものの、とくに台風被害を受けている感じはありませんでした。昔から自然災害にあっては修復し、そしてまたそれをくり返し…この流れでいにしえの道は今に生きているのです。


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瀬戸集落の一部 民家の間近を土石流が・・・

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瀬戸集落の川沿いの家

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一ノ水峠越えの古道へはこの橋を渡る

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美しい瀬戸集落の棚田

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古道 きれいに道が残っています

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林道交差点に出た~!


瀬戸の集落を後にしておよそ1時間半後、一ノ水林道との合流点に出ます。ここでほっとひと息行動食タイム~。林道を峠方面に1kmほど歩くと一ノ水峠への古道入口が左側にみえてきます。ここから峠まではしっかりした石畳が残っています。およそ30分ほどで、お地蔵さんたたずむ一ノ水峠に到着。この峠は以前にも歩いたのですが、何か様子が違う。お地蔵さんのとなりにある木の根本が半分浮いている… 峠北側が大きくえぐられていたのです。こんなところにも台風は大きな爪痕を残していました。そして赤倉側に下るにつれ、さら大きな衝撃を受ける光景が次々と私たちの目に飛び込んできました。

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一ノ水峠直下の石畳道

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一ノ水峠の地蔵とはるか下の瀬戸集落

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瀬戸集落はどこから見ても美しい


一ノ水峠から赤倉への下り道は、沢に沿ったきれいな石畳が残っています。沢にはもともとガレ場がありましたが、徐々にそのガレの量が半端ではないことに気づきました。そうです、この沢でも大きな土石流が発生していたのでした。下の方に行くと石畳道は土砂にすっかり飲み込まれ、その土石流は一ノ水林道までをも寸断してしてしまい、林道交差点にあった水呑地蔵は跡形もなく消えていました。その景色を私たちはただただ呆然とたちすくんで眺めるのみ。一体誰が何のために…いや、これは誰の所為でもない…理不尽なんだけれども理不尽とすらも思えない、ぶつけようのない衝撃や憐れみを胸の内に抱え込むことしかできませんでした。


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土石流の飲まれた赤倉側の石畳

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土石流に遮断された一ノ水林道と一ノ水隧道

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林道交差点から先は、沢に沿う古道が赤倉まで続いているので、そこを辿りながら歩きました。しかし、この沢自体が土石流に覆われてしまっているため、古道は跡形もありません。とりあえず沢から離れないように下流部へと歩いていきます。人工的に護岸された川底にはおそらく藻が繁っていたと思われますが土石流ですべて押し流され、道路と間違えてしまうほどに何もありませんでした。そしてその先にはぐにゃりと鉄筋がむき出しになった砂防ダムとこれらの土砂の衝撃でこなごなに砕かれた護岸コンクリートが散乱していました。

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これ、川です・・・すべてが洗い流されて川底がきれいに見えています


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このような状態の中を歩くこと1時間でようやく石畳を伴う古道を見つけることができました。道は再び一ノ水林道に合流し、ここから先は徒歩30分ほどで赤倉の里に入っていきます。里に着いた頃は14時を過ぎていてさすがにお腹がぺこぺこ。ここで大阪から移住したロッククライマー夫婦が営む「ちゃや」の名物の「ジビエカレー」と無農薬自家製で心とお腹を満たしました。

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ようやく赤倉の里へ出ました

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この後は、友達が取材のために写真家や編集者との打ち合わせがあったので私たちもそれに同行していました。赤倉の里にはいつもの秋と変わらずヒガンバナが咲き誇っており、熊野の里を照らしていました。自然界からすればいつもと変わらぬ秋、しかし私たち人間から見ると、自然の牙、その中で生き続けた道と人への再確認など…あらゆる意味で考えさせられることが秘められた特別な秋となりました。


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SAVE KUMANO - 2011.10.12 Wed

和歌山県田辺市本宮町で、ウェブサイト「みくまのネット」を運営されている大竹さんと食品加工会社「熊野鼓動」代表の横瀬さんが、地元で復興に向けて積極的に活動をする人と全国各地で応援して下さっている人々をつなごうと、「SAVE KUMANO」というサイトを立ち上げられました。平成最悪の台風による戦後最悪の土砂災害に見舞われた紀伊半島ですが、「よみがえりの地熊野」の言葉通り、自然と人との共生を保ちながらも再生しようとしています。


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【SAVE KUMANO! われに還る熊野】
http://kumano-kodou.jugem.jp/?eid=593

今回の台風12号による大雨で熊野川やその支流が氾濫。がけ崩れや道路・橋の崩落が多数発生し甚大な被害をもたらしました。私たちの工場は浸水を免れましたが、多くの田畑が水没し、泥が厚くかぶった状態です。ボランティアや行政の力で人家や道路などの片付けは進んできていますが、田畑の方は後回しになっているのが現状です。田畑が荒れることなく再び作物が栽培されてこそ熊野の田園風景が蘇り、地元の経済が回り始めていたことの指標にもなると思います。

この困難な時期に熊野に住む私たち、遠隔地で応援してくださっている皆さんの心を繋ぐ印として、またこの現状をよくご存じない方々へのアピールとして、このステッカーを貼っていただければと思い制作しました。当社のHPからお買い求めいただけます。収益は田畑の復活のために使わせていただきたいと思っています。 (SAVE KUMANOのトップページより引用)

自然の猛威の中失われてゆくもの、結ばれ前進するもの - 2011.10.06 Thu

災害から1ヶ月が経ち、かなり広範囲に及んだ被害状況が徐々に把握されてきた今日この頃です。
とはいえ奥深い紀伊半島のこと、いまだに手つかずの地域やまだ調査自体できていない区域も多い現状です。

熊野でNPOスタッフをしている友達が、田辺市本宮町で前向きに取り組む人々のことを載せていますのでここでもご紹介いたします。このほかにも被災された人たちがその後を綴ったブログも紹介されています。

【台風12号】 SAVE KUMANO ステッカーを熊野鼓動さんが発売】
NPO法人熊野ふるさと倶楽部Stuffのblog 2011年10月03日
http://kumanofurusat.jugem.jp/


最新熊野古道情報です。台風上陸後の9月6日に、熊野古道伊勢路の横垣峠に大きな崩壊が見られたと報じられましたが、詳細が掲載されました。熊野の七里御浜沿いに位置する花の窟神社と熊野本宮大社を結んだ本宮道の峠道であり、また神木と阪本の集落を結んだ生活道でもあったこの峠道の一部は深層崩壊により跡形もなく消えてしまいました。

【世界遺産「熊野古道」横垣峠 石畳道の消失】
くまどこ
http://blog.goo.ne.jp/kumadoco/e/6c2c1806c1b3754e91aed21f5669b0fd



台風12号による紀伊半島豪雨から1ヶ月(新宮市熊野川町編) - 2011.10.03 Mon

十津川村の後は本宮方面へ戻り、新宮市熊野川町内へ。ここはまさに1ヶ月前から時が止まったような状態になっていました。ほとんどの道が通行止めとなっている関係でここへくるまでが大変ということもあり、ボランティアがかなり不足しているとのことです。道の駅もスーパーも集落もほとんど原形をとどめておらず、電柱には台車が引っかかったまま・・・山津波の恐ろしさをひしひしと思い知らされました。


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ことし7月にリニューアルオープンしたばかりの「ドライブイン志古」

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食堂だった場所

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町中心部のA-coop

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台車がゆがんだ電柱の電線に引っかかったまま

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道の駅瀞峡街道熊野川は、土台を残してほとんどが流されていた

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川の街道、熊野川を味わえる川舟体験施設

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道の駅から熊野川をはさんだ三重県側では土砂崩れが発生して県道ごと押し流されていた

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九重地区

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九重地区

台風12号による紀伊半島豪雨から1ヶ月(奈良県十津川村平谷編) - 2011.10.03 Mon

本宮の後は国道168号を十津川方面へ走りました。和歌山県から奈良県に入ってしばらくすると、温泉街がある平谷地区の手前で路面崩壊のため通行止めとなっていました。この区間は10月10日には復旧し開通するとのことです。通行止めの手前には山道へと入っていく表示が。

この山道は災害時に使われていた唯一の集落へのルートです。通行止めの看板前には長い車の列がありました。村民はみなここに車を置き、30分ほど山道を歩いて集落内外を行き来しているとのことです。ここでは、かつての熊野古道馬越峠がそうであったように古道が災害時の現役道として使われていました。


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十津川への道を貫く168号はこのような地形の中を通っています

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この路肩もかなり危険

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熊野川(十津川)河岸はすっかり変形してしまっている

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ここから通行止め

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通行止め区間左側に、集落へ通じる山道(かつての生活古道)が分かれている

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通行止め前に列をなす車はすべて集落内関係者のもの

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先月4日から10月10日までは老若男女すべての人がここを通るのだ

台風12号による紀伊半島豪雨から1ヶ月(本宮編) - 2011.10.03 Mon

台風12号が上陸し、紀伊半島はじめ西日本各地に被害を出してから早1ヶ月が過ぎました。北海道旭川市では市街地でも初雪が観測されたとのこと、季節は地球の公転と共に刻々と過ぎていきます。報道も徐々に少なくなって雪、全国的にこの台風に関する情報は薄れて行きつつあります。しかし、紀伊半島の熊野川流域をはじめ、9月4日から時が止まってしまった場所も少なくありません。昨日10月2日は、熊野市の花の窟神社での例大祭に参加した後、T氏、そして以前に熊野古道のガイドをして以来仲良くさせていただいている大阪のTさんとともに、和歌山県本宮と熊野川流域の様子を見に行きました。


熊野本宮大社と大斎原は、地元住民が一丸となって復旧に専念しており、土砂などはほとんど取り除かれていて外観はもと通りの町の様子に戻っているかのようにみえました。しかし今までなじみがあったお店など、中ががらんどうになっている家屋が多数を占めていました。大斎原(120年前まで本宮大社があったどころ)埋め尽くしていた土砂がほぼすべてきれいに取り除かれ、被災前とほとんど変わっていない状態にまで戻っていました。


以下、写真を中心載せていきます。


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本宮大社前の国道168号。観光客が全く以内昼間の本宮は初めて見た

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本宮大社参道前 右側の鳥居の半分まで水が来たとのこと

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参道前にあった「もうで餅」 

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特産品店「樹の里」

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大斎原までの道

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大斎原 

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ボランティアの人々

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2009年7月にオープンしたばかりの熊野本宮館

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1メートル50センチまで水が来たそう


台風12号被災地状況 ~三重県紀宝町浅里~ - 2011.09.23 Fri

9月18日に見てきた紀伊半島台風被災地の最期の地は三重県紀宝町浅里。熊野川に向けて広がる扇状地上の地形に点在する集落、広がる田園・・・本当に安らぎのある地域はまた、熊野本宮から新宮へ抜ける川端街道の重要な中継点でもありました。今回の台風12号ではここでも土石流が発生し、集落は無残な姿に変わってしまいました。集落西側にある飛雪の滝は美しい滝壺が土砂に埋まってしまい、この滝の前にあったキャンプ場も壊滅状態となっています。ちなみに私はこの台風が来る1週間前の8月28日、まさにこの場所で友達とキャンプをしていました。あの1週間後、キャンプ場も川も集落もみんなみんな変わり果ててしまうなんて誰が想像したでしょう。



asari (1)

asari (2)
浅里へ向かえる唯一の道、三重県道740号線

asari (4)
法面はこの通り 浅里の孤立はこの処置で解消されたが、通行の際は要注意

asari (7)
熊野古道・川端街道の一部

asari (8)
被災前はこのような道でした

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土石流が発生した大和田地区(浅里の東側)

asari (20)
大和田地区土石流現場 十件近くの集落が消えた

asari (6)
大和田地区前の県道

asari (17)
浅里を流れる熊野川にある昼島
伊勢の神と熊野の神が囲碁をしたというユニークな言い伝えがある島も大きく変形

asari (18)
被災前の昼島

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浅里地区

asari (21)
浅里地区

asari (9)
濁流に丸々飲み込まれた飛雪の滝キャンプ場はこのような状態に・・・
自販機と炊事棟

asari (10)
半壊したトイレと滝

asari (11)
どこからか流れてきた家屋が・・・

asari (14)
休憩所のあった東屋は跡形もない・・・

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滝壺が土砂で埋まり、すっかり変わってしまった飛雪の滝

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被災前の姿

台風12号被災地状況 ~和歌山県那智山~ - 2011.09.23 Fri

9月18日、新宮市高田の状況を見てきた後は那智勝浦へ移動。熊野古道の浜の宮王子から国道42号を隔てたところにある「道の駅なち」に車を置き、那智川沿いを歩いて那智山を往復してきました。那智山へ通じる県道は時間規制ではありますが、熊野古道大門坂登り口手前にある大門坂駐車場までは通行可能です。しかし自衛隊の車両や地元関係者の妨げともなってしまいますので私たちは歩いていきました。


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浜の宮から井関地区までの間 歩道の柵が水圧で90度横倒し

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井関地区へ向かう県道那智山線 車が通るたびにおびただしい砂埃が舞います

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被災前の状態(上記写真よりも数百メートルほど海寄り)

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土石流が発生した和歌山県道「那智山道路」

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井関から熊野古道中辺路荷坂峠(曼荼羅のみち)への分岐

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荷坂峠入口前の川(那智川水系)にも那智川からの逆流がありました

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被災前、ここに架かっていた橋は跡形もありませんでした
(ひとつ上の写真内のブルトーザがある辺り)

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那智山と色川への分岐付近の様子 

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上記分岐点に立っていた道路標識

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熊野街道の市野々王子 

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市野々から那智山方面へ向かう熊野街道は土石流で寸断

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災害前の状態(上の写真付近)

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土砂の山の上から街道を見下ろす

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那智川沿いの家屋

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蓬莱乃湯

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那智山道路沿いにある辻真珠資料館

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大門坂駐車場近くの家屋

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大門坂駐車場近くの集落 土石流に直撃されています

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熊野古道大門坂は無事でした
9月18日現在那智山周辺地域が孤立していたため、住民の生活道となっていました。

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まったく人の気配がない那智大社参道

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滝壺が土砂で埋まった那智の滝

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災害前の那智の滝

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飛龍神社境内の一部が崩落






台風12号被災地状況~和歌山県新宮市高田編~ - 2011.09.22 Thu

和歌山県新宮市高田地区は、熊野川河口部から10kmほど上流部で別れる熊野川支流高田川流域に位置する地区です。奥まった山間の地域にはわずかな平地に形成された田園が広がり、非常にのどかで「桃源郷」と呼ぶのにもふさわしい場所です。さらに山を詰めていくといにしえの生活道「大杭峠」があり、山の向こう側にある那智山周辺地域とつながっていました。地区内には雲取温泉という和歌山県内屈指の良泉があります。

今回の台風12号でこの地域も川の氾濫や土砂崩れによって被災してしまいました。9月18日に、T氏とともにここ高田、同県那智勝浦、そして三重県紀宝町浅里地区の被災状況を見て回りました。では、以下写真を中心に掲載していきます。


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新宮から高田へ向かう途中の168号 
熊野川流域に敷かれた紀伊半島の主要道にはがれきが山積

takada (11)
高田側と熊野川の合流点

takada (3)
高田川に沿う道へ入る。対岸の集落へ渡る橋はこの通り

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歩道のアスファルトはいとも簡単にぺらりとはがれていた

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県道にあった雲取温泉への道標

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水圧の恐怖

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雲取温泉手前にある高倉神社

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雲取温泉・高田グリーンランド

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水害のキオク - 2011.09.21 Wed

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驚愕の被災地 - 2011.09.18 Sun

本日、那智山、新宮市高田および熊野川流域三重県側の浅里地区を見回ってきました。

「道の駅なち」に車をおき、そこから徒歩で那智山を往復(約14キロ)、その後車で高田と浅里をまわる行程でした。

砂ぼこりに独特のにおい、あるはずない場所にたたずむ数々の物品… 被災地を五感で得てしばらく驚愕しました。

浅里地域は土石流で集落ごと消失していた部分もありました。台風の1週間前に仲間とテント泊をしただけに喪失感も大きく、目も開けていられない状態でした。

浅里地区にある飛雪ノ滝は地形が変わり、滝壺も土砂に埋まっていました。また、飛雪ノ滝キャンプ場は東屋は跡形もなく、管理棟、炊事棟、トイレは骨組みがむき出しの半壊状態で、全域に50センチほどの土砂で埋まっていました。

写真は明日以降改めて掲載いたします。

台風12号・災害復旧活動その4 - 2011.09.15 Thu

9月14日は、熊野市へ復旧ボランティアにいきました。本日私たちに割り当てられたのは、熊野市駅すぐにある老舗旅館。

あまり報道されていませんが、熊野市の中心部も1~2メートル浸かり、お店など商売をされている大半が休業を余儀なくされています。町の中心部を歩くと、まだ泥が残る路地、1階部分が空になってしまった家屋が目につきます。


旅館では、宿泊客の談話室と厨房と倉庫を6人で担当しました。はじめはどこから手をつけていいかわからない状態。普段、水に濡れることがないようなものまでが濡れ、泥にまみれていたため、慎重に拭き取ります。誰がどう見ても使い物にならないものも、支配人の方にひとつひとつ確認をとり、処理していきます。家具を持ち上げると大量のヘドロ、厨房には泥を被った何百もの食器… バケツの水を何回も何回も変えながら皆で手分けして6時間ほど作業をさせていただきました。

ボランティア活動時間が3時半までと決まっていたため、切りが悪くならないよう調整していきました。

なかなかのハードな作業でしたが、私たちの6時間の作業に対し、支配人は明日も明後日もしばらくこの作業をしなければならないでしょう…


この付近はまだまだ断水しているのですが、この旅館では水が使えました。それは井戸があるから。この地域は海が近い上に大河がなく、町中では真水確保のため各家庭が深い井戸を掘っていました。

この台風では、いにしえの姿をそのまま残しているものほど、難を逃れています。

熊野古道中辺路情報 - 2011.09.13 Tue

熊野古道中辺路の現状です(産経新聞の記事より)。
熊野古道中辺路の三越(みこし)峠の東側(本宮大社寄り)700mの地点で、古道が山ごと崩壊してしまったとのことです。ほか、小規模な崩壊が多数見られるとのことです。


台風の痕跡...熊野古道で大崩落 復旧のめど立たず【産経新聞 9月12日 22時15分配信】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110912-00000621-san-soci

台風12号による災害・復旧活動その3 - 2011.09.13 Tue

9月11日は再びSちゃんと熊野市赤倉へ出向きました。10時20分、私たちが赤倉の「あまごの赤倉水産」に到着した頃、オーナーの中平さん夫妻の他にすでに作業を始めていた一人の若者が。なんと、紀宝町の農家「石本果樹園」のみかん君です!彼の果樹園の被害も大変でしたが、自らの農場の復旧作業の合間にこちらにまで来てくれていました!!


本日、私たちに割り当てられた作業は、赤倉の里のシンボルである水車の原動力の水源掘り起こし作業です。この里の少し上流に当たる水源が、土砂で埋まってしまっていました。


中平さんの軽トラックに乗り、Sちゃんとみかん君と私で現場に向かいます。昨日同様、山道に沿って彫られたU字溝および土砂に埋まった水源を一日がかりで掘り起こしました。お昼はまたまた山里民泊「あかくら」にて、岡島さんからおいしい昼食を振る舞っていただきました。自家製の梅干しが入ったおにぎりに自家製なすの梅味噌和え、昨日T氏が差し入れてくれたブリかま煮付け・・・昨日に続き、御馳走になりましたm(_ _)m


午後も続けて作業をし、土砂を取り除いた後は水が集落まで伝わり、15時過ぎについに水車が回りました!!息を吹き返した水車のからから回る音から、集約された底なしのヒューマンパワーが伝わってきました。皆さん、ホントお疲れさまでした!!私は再度水曜、木曜と熊野市方面へ向かい、3連休は那智へも出向きます。


あと、GT登山部便りです。まだ未定ではありますが、「紀伊半島復興頑張れ登山隊」として、10下旬頃に、9「槍ヶ岳」を実行検討中です。これについては追々詳細をあげます。


※写真が整理できていないので、これも追々あげていきます。

台風12号による災害・復旧活動その2 - 2011.09.12 Mon

9月10日、本日は熊野市赤倉のアマゴ養殖所「赤倉水産」へ。この赤倉地区は人口10人ほどの携帯電話が使えない山間集落、原始自然と共存する人々の暮らしに出会える紀伊半島の誇りの地域の一つです。本当に素晴らしい場所。

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ここの赤倉水産の中平さんは、友達Sちゃんが所属するNPO「熊野ふるさと倶楽部」の理事であり、パワフルで顔が広く温厚で私も1年前からお世話になっています。今回の台風12号でここも被災してしまいましたので、私とSちゃん、そして三重県津市から来てくださったUnoさんの3人で復旧のお手伝いに。台風上陸の9月3日から数日間はここへ通じる道路も寸断され、中平さんも一時孤立してしまいましたが、数日後ようやく道が開通。孤立している間はその間だけでもできることをと、一人で寝る間も惜しんでアマゴの管理や土砂撤去をされていたとか。現地に着いた時、めったに疲れた姿を人前では見せない中平さんもさすがに疲れが出ていました。

私たちは中平さんの指示に従い、アマゴの水槽へ山からの水を流す水路の土砂撤去をはじめました。長さ30mの水路に50センチほど堆積しているとのこと、地道にシャベルで掻き出しては土捨て場まで運び・・・を繰り返します。中平さんはアマゴの管理などの重要な仕事があるため、はじめはSちゃん、Unoさん、私の3人での作業でしたが、途中からは中平さんも忙しい手を休めて来てくださいました。そして昼からはお隣で農家民宿を管理されている岡島さん、熊野市街地で食堂を経営するNさん、なんと尾鷲からはT氏も来ていただき、7人で灼熱の中全力を発揮の共同作業に!!!

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そしてついに、「一日がかりでも絶対無理」とされた土砂はすべて撤去でき、ついに清水が流れるまでに!!流れた瞬間、「やった~!!」と思わず声高々に叫び、みんなの満面の笑みが広がります。人との絆って、つながりって、仲間意識って・・・ホント素敵だな。輝かしいものだな(涙)尾鷲市内の友人にこのことを話すと「まさに人海戦術やなあ」と一言。まだまだ終わりではないけど、一歩前進できました。後日は再びSちゃんと赤倉へ出向き、次は水源掘り起しのお手伝いをします。


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初めはこの状態だった水路が

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こんな状態になるまでに!!!

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お昼は、岡島さんがアマゴごはんのおにぎりや卵焼きなどをふるまってくれました。
ボランティアなのにありがたく、かつ申し訳ないです。


この日はSちゃん宅泊。ここには今、熊野市紀和町で被災されたAtelier GitaのYukikoさんと3人の娘さんが一時滞在しています。Yukikoさんは昨年Sちゃんに紹介していただき、私も仲良くしていただいています。九州から熊野に移住され、ステンドグラス作家としてご活躍されている本当に素敵な女性で、そのお子様たちも天真爛漫でしっかりしたいい子たちばかり。今夜はみんなで大盛り上がり!

この中には私も含め、8月生まれが3人います。一連の災害で誕生日会もなくなってしまったため、ここで8月生まれ合同誕生会をしてもらいました☆まだまだこの先大変だけど、紀伊半島のみんなで力を合わせて頑張ろう。


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ろうそくとケーキでHappy Birthday!!

台風12号による災害・復旧活動その1 - 2011.09.12 Mon

9月9日から3日間、台風12号による災害の復旧活動のため熊野方面へ出向いていました。9日は、三重県内で最も被害が深刻だった紀宝町へ。

まずは紀宝町神内(こうのうち)ちくに設置されたボランティアセンターへ。そこで私の氏名を登録し、割り当てられた被災住宅へ出向きました。私が担当したのは、熊野川にほど近い成川地区のお一人暮らしのご老人女性宅。この日は同じ家を割り当てられた他のボランティアとチームを組み、復旧作業に当たります。チームメンバーは地元の女子中学生、女子高生3人のほか、遠くは大阪、名古屋、信州などから駆けつけてくださった男性4名。大阪の20代男性は、なんと原チャリで堺市から来たとのこと!!

この女性宅は平屋で1.2mほど浸水し、高所に上げていて難を逃れた一部の物以外はほとんどの生活用品が使い物にならなくなってしまいました。私たちは一日がかりでそれらを搬出し、指定の集積所まで一輪車で運びました。中にはお孫さんたちと撮ったスナップ写真やおこ様とみられる方の子供のころの卒業文集まで・・・大切そうなものが出てくるたび、女性に確認させていただくも、災害後の困乱もあるのか「もう何もかも使えんからほかして(捨てて来て)」の一点張り。 出てきそうになる涙をこらえながらの作業が続きます。作業の途中で見つけた泥まみれの女性へのバースデーカードをこっそり、屋内の高台に置かせていただきました。



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ボランティアセンター

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被災地の集積所 

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とある被災者のお宅(担当宅ではありません)
ここもほんの数週間前まではごく普通の生活空間でした

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水道が止まっているため、鵜殿の紀州製紙工場も煙が出ていません

明日から - 2011.09.08 Thu

3日間、熊野市、南牟婁郡に台風災害復旧ボランティアに行きます。とりあえず明日は紀宝町のボランティアセンターに向かい、指示通りに動きます。明後日以降は要請がある場所へ出向くということで、詳細は未定です。こればかりは仕方ありません。需要度や状況は刻々と変化しますから。


正直、この数日間動揺が止まりませんでした。わずか1週間足らずで大好きな紀伊半島の馴染みがあるあの場所もこの場所も、シミュレーションかと思うほど無惨な姿と化す、この地域にあった9月5日以降の未来がごっそりと入れ替わってしまう…

しかし、ふと立ち止まって考え直してみる…私にはまだ「動揺するだけの余裕」がある…

心をそろそろ入れ換えよう。

熊野古道伊勢路の状況 - 2011.09.07 Wed

昨日、熊野古道八鬼山の状況確認に行ってきました。確認区間は尾鷲市矢浜の登り口から山頂部の三木峠に行き、折り返してきました。JR紀勢本線が不通のため、三木里側まで行ききってしまうと戻る手段がないので折り返し行程となってしましました・・・・。

八鬼山林道の交差点手前にある木製の橋近くが少々崩れているのと、八鬼山荒神堂前の道が風で落ちたひのきの葉が覆い被さっている以外は特に大きな被害も見られませんでした。さすが300年来の石畳強し!


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林道交差点手前の木製橋付近 
通行に支障はありませんが足元には気をつけて下さい

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橋を渡った部分より

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荒神堂前の石畳道 ひのきの葉で覆われていました


■三木・羽後峠情報
八鬼山の南側にある三木・羽後峠道ですが、この峠道を発掘した本人で、現在も精力的にガイド、保全活動をしていらっしゃる大川善士さんによると、この2つの峠道は通行可能とのことです。しかし、2つの峠の間にある通称「猪垣道」は崩落などで通行不可能となっているので、並行する農道(舗装路)およそ1.5kmを通って下さいとのことです。


■横垣峠道
御浜町神木~阪本に至る横垣峠道は、YAHOOニュースでも取り上げられた通り、全面通行不可能です。
熊野古道で土砂崩れ=世界遺産、台風12号で-三重


他は確認でき次第、また情報が入り次第ここでお伝えいたします。

現状@台風12号 - 2011.09.07 Wed

台風12号による大雨も去り、昨日6日からは抜けるような青空が広がっています。天気の回復に比例するように、この台風による被災地となってしまった紀伊半島南部からは次々と現況が入ってきました。もともと1本の道が頼みの綱だったほどの地形なので、未だライフラインが止まり、状況すら確認できないところが多数ですし、当然一人一人が収集できる情報は限られています。秘境であるが故に古来から聖地とされ、独特の精神文化が宿った熊野ですが、こんかいはそんな大自然と地形が最悪な形で出てきてしまったものと感じます。これも含め、古来からの「熊野」の真の姿なのでしょう。私も、今週金曜日から熊野の友達と共に、現地の復旧お手伝いに言ってきます。また現地からも発信いたします。


以下、熊野市および紀宝町に住む友人が詳しい状況をあげています。ボランティアも徐々に立ち上がってきていますので、ご参考までに。


●NPO法人熊野ふるさと倶楽部のスタッフの友達が熊野市および周辺地域の現状、関連情報がつかめるURLを詳しく掲載しています。
NPO法人熊野ふるさと倶楽部

●紀宝町在住の農家「石本果樹園」のみかん君が、地元紀宝町およびボランティア関連情報を詳しく掲載しています。
柑橘系男子の甘酸っぱい農業日記


また、下記も最新情報が得られますのでご参考までに。
防災みえ

防災わかやま 防災緊急情報

防災・危機管理/奈良県公式ホームページ

熊野古道八鬼山なう - 2011.09.06 Tue

今日は、台風による交通の影響でお客様が来られなくなった関係でガイドが中止になりました。

空いた時間を利用し、八鬼山の被害状況確認に来ています。まだ登りはじめて間もないですが、今のところ目立った被害もなさそうです。頭上にはひっきりなしにヘリがバラバラと音をたてて飛んでいます。また状況はのちほどアップします!


ブログテーマに「2011年台風12号被害状況」を新設しました。今のとことは各テレビで取り上げられている台風関連のニュース、時が経てば徐々に薄れていってしまうでしょう。現地の実情やあまりテレビでは取り上げられない箇所の現状を発信していけるのが私たちだと感じています。

紀伊半島最新情報~熊野那智大社が... - 2011.09.05 Mon

YAHOO!ニュース より
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/world_heritage_in_japan/?1315205034

本殿の一部が土砂で埋まっているそうです。飛龍神社(那智の滝前)の一部も流出したとのこと。熊野古道中辺路の一部も寸断されてしまったとのことです。まだほとんど現地状況が把握されていないと思います。わかり次第、こちらでもお伝えいたします。

本日夕方尾鷲に戻ります。こちらの熊野古道伊勢路の現状も追々お伝えいたします。

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