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2017-08

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奥那智清閑瀞踏査・・・のはずが・・・ - 2017.07.07 Fri

¡Hola Buenosdias! caminotty@ちきゅうの道です☆

昨日、奥熊野ガイドコミュニティKUMATENGの常連さんである友人ミユミユと奥那智「清閑瀞トレイル」を探索に行ってきました。
(完全プライベートです)

まず、この道の説明を・・・

清閑瀞とは、有名な熊野古道大雲取越と小雲取越の間に位置する里、小口から県道44号線に(和歌山県屈指の秘境県道)沿うように延びる小口川上流部の総称です。沿岸部には廃村を含め、いくつかのごく小さな集落が点在し、国土地理院の地形図ではそれを結ぶように古道の線が記されており、いつかここを探索したいと前々から目を付けていました。この道は小口から最終的には那智勝浦の色川、そして沿岸部の那智方面に出ており、主要街道だった熊野古道大雲取越とは対象に、山村部の小さな集落をつなぎながら那智へと至っていたローカル道であったと察します。


で、単刀直入にこの道の探索結果を言いますと・・・

現在は踏破不可能でございます・・・m(_ _)m


では、ジャーナルへGo!


まず、地図です。クリックすると拡大できます。
オレンジ線=歩いた区間  青線=歩行不可能区間
(絵地図作家ですが、今回は既存物を使わせていただきますm_ _m)


20170706map.jpg


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小口から6kmほど県道44号を進んだ場所にある、清閑瀞トレイル入り口となる吊橋
足場は鋼網板1枚・・・危なっかしい
生活道としては使われていないけれど、林業関係者がたびたび使っているものと思われます


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橋を渡った後のトレイル。石畳もあり、非常に良い道でこれは行けると思っていた矢先・・・


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那智シダの群生に覆われ、さらに足場が崩落した谷沿いの道となりました。
地形上、この先の清閑瀞方面に出た後も道が残っている保証もないので、ここで
いったん引き返し、反対側の滝本集落から清閑瀞トレイルに向かう計画に変更!


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道沿いに佇む天明7年(1787年)のお地蔵さん
240年経過しているにもかかわらず、綺麗な形をしていました


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清閑瀞の沢  いつまでもくつろいでいたい


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滝本集落からはしばらく県道44号を歩きます


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県道44号から清閑瀞トレイル方面への生活道跡へ
ここには、昭和初期頃まで人々の営みがありました


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間もなく吊橋へ。この先には、現在人が住んでいる民家が1軒あるため、
この吊橋はなかなか頑丈です。

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すぐに表れる2番目の吊橋を渡った後、ランチタイム!
清閑瀞上流部にあたる何とも言えぬ美しいポイント!!!しかし、この後・・・


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3番目の吊橋が崩落していることがわかり、対岸に渡ることができず、
滝本側から清閑瀞トレイルを歩くこともできなくなりました。


この滝本集落に、色褪せたかなり古い周辺案内板があり、その案内板の中に「宝竜滝」の文字を見たミユミユが、「この滝、けっこう近い!!行ってみたかったところなの、ね、ね、うえのってぃ、行かない!?」と、目を輝かせ、かなり興奮気味に提案してきました。私もそのテンションにノッて、この滝に行くことに☆


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落差50mを越える瀑布に、風圧でうねる紺碧の滝つぼ、
容易にはたどり着けない山奥に佇むスゴイ滝!!!!


滝本の集落に戻った後、県道44号を小口まで戻り、清閑瀞にたどり着けなかった時間を使って、熊野古道大雲取越の円座石を見に行こうということになり(ミユミユは初めてだったので)、車を走らせている途中、ミユミユが「清閑瀞入口」と書かれた看板を見つけ、「こっからも行けるのーーー!?」と叫びました。そうです、ここは県道中間地点の向野地区、地図上では、ここから平集落跡を通って清閑瀞中流域にかかる吊橋を渡り、対岸の清閑瀞へも出ることができるようです。あきらめかけていた清閑瀞、中間地点から入ることはできるのか、ここから入ってみることにしました!


向野地区から平集落跡を通って清閑瀞へと下る古道は地図上でしっかり記されていましたが、地図が古いため、その下にある吊橋は行ってみないとわかりません。とりあえず古道を下ってみると、しっかりした石畳が残る良い道、家3軒分の廃屋がシダの中に佇む、切ないような、安らかなような平集落跡を通過し、徐々に清閑瀞の沢の音が近づいてきました。


吊橋はあるか・・・

結果・・・

ワイヤー1本を残すのみの状態となっていました・・・・・・・。


対岸を見てみても、何箇所かの地すべりの跡も見られ、沢に沿う形の清閑瀞トレイルの全区間残存率は極めて低いものとみなし、とりあえず来た道を戻りました。


西日が射しこむ物言わぬ古道・・・改めてこの紀伊半島の持つ美しさを再確認。



今回のトレイルは、いくつかのパーティーがこの清閑瀞の沢をキャニオリングするという記録がある以外は、トレイルに関するデータは一切得られず、自分たちが身に行くしか、と感じていたトレイルでした。行った結果、そこに通じる唯一の吊橋がなくなり、そして地滑りやがけ崩れで所々で道が切れかけ、ひとつながりの道となっていない状態であることがわかりました。


使う人、守る人がいなければ道は消えゆく、それを切に感じた1日でした。


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向野から平集落跡への古道
とても石畳が綺麗です

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山林を縫う

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比較的新しい、明治期のお地蔵さん

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そして清閑瀞に出ます
汚れなき美しい流れ

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画像上方に見える1本のワイヤーが吊橋跡です。
ほとんど跡形ない状態でした

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平集落跡


Buen Camino^_-☆



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もうひとつの「熊野古道」、筏師の道&山奥のジビエカレー^☆^ - 2015.03.11 Wed

¡Hola Buenosdias! caminotty@ちきゅうの道です☆


今日は、この春ガイドを担当させていただく予定のツアー下見として、瀞八丁および筏師の道周辺を下見してきました。三重県熊野市木津呂、和歌山県新宮市熊野川、奈良県十津川村にわたるこのエリアは「え、これ、1本の川なの!?」と地図を見るや否や感嘆せずにはいられないほど蛇行した北山川があり、それに沿うように「筏師の道」が残っています。



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筏師の道とは、その名の通り筏師が通った道です。北山川沿いの集落で切り出された材木で筏を組み、この北山川、そしてその先で合流する熊野川を経て新宮へ出て材木を調達した後、筏師はこの川沿道に残された道を歩いて延々と帰って行きました。その筏師の道は熊野川、北山川に沿うようにひっそりと残っており、それはまさに「もうひとつの熊野古道」。

場所によってはこの筏師の道をトレッキングした後、瀞八丁周辺で観光用に運航している和船にのって川を経て戻るというコースが可能であり、大自然満喫のツアーを通じていにしえの人の足跡をたどることができます。

これはきっと面白いツアーになること間違いなし^皿^☆


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蛇行した北山川の、いわゆる「半島」部分に当たる位置にある木津呂

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台風のたびに大きな影響をうけます・・・

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木津呂の西側からは対岸の玉置口(和歌山県新宮市熊野川町 飛び地!)


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川原の石 この中には、いずれ七里御浜の「御浜小石」になるものもあるかもね・・・


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北山川に沿うように残る筏師の道 
しっかり整備されており、尾根ルートは至って快適!


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瀞八丁



そして今日のランチは・・・
ここまできたならこれでしょ^▽^


熊野市育生町にある、じびえカレーのお店「ちゃや」!!!


ここは、大阪から移住したご夫妻によって運営されている古民家のお店で、私たちの大のお気に入りのお店の一つです。じびえ(猪、鹿など)と多種のスパイス、野菜をコトコト煮込んだカレーは、ふっくら炊きあがったレーズン付きのサフランライスにかけられ、それは奥様の羽津子さん手製の陶器に盛られて出されます。


山好きの羽津子さんが各地で集められたランタンやアンティークな家電製品が並べられた古民家は非常に落ち着いており、ここは何時間でも居てしまいます(さすがに今日はお仕事なのでそこまではいませんでしたが 笑)


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サラダもお漬物もすべて自家製野菜によるもの

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センスあふれるお品書き

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いつまでもいたくなる、いつでもきたくなる、そんな空間

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そしてデザートには自家製ブルーベリーぜんざい^▽^


やっぱ奥熊野はいつ来ても、どんなお天気でも落ち着きます。
飽きるほど来ているのに決して飽きない場所、気が付いたら来ている場所、私にとって奥熊野とはそんな場所です。


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Buen Camino^_-☆

2月1日 三木崎→元盛松 - 2015.02.01 Sun

¡Hola Buenosdias! caminotty@ちきゅうの道です☆

2月1日、仲間5人とともに、尾鷲市の三木崎半島沿岸部に位置する三木崎および90年前まで人が住んでいた元盛松集落跡を歩いてきました。

メンバーはグラフィックデザイナーしおっち、高校教諭Mちゃん、焼き鳥大吉尾鷲店オーナー兼旅人の宿ウッドペックオーナー兼etc...まっさん、熊野市在住のYさん(なんと、熊野大花火大会三尺玉の火付け役!!!)、そしてU君(徒歩日本一周中の旅人)というなんとも濃すぎる顔ぶれ。



元盛松について
三木浦半島南東部にある集落跡です。三方を山、一方を荒波押し寄せる外海という厳しい条件下にあった当集落は、昭和2年に全戸を峠を経た現三木浦町コノワ地区に移築し、昭和4年には無人となりました。初めて人が入った時期は不明ですが、記録によると450年前にはすでに集落が形成されていたといわれ、全戸移動の直前までは27戸、126人がここで生活していたとされます。

集落内には学校も店舗もなく、小学校低学年までは集落内のお寺で学び、高学年になると二又峠を越えて三木浦まで通学し、下校の際は三木浦で調達した生活用品をついでに背負って帰宅したといわれます。

また、集落内に形成できる田んぼは限られており、庄屋など一部の良家は敷地内に水路と小規模な田圃を要していたものの、ほとんどの住民は、元盛松からみて三木浦半島の反対側に当たる頼母(たのも)に田んぼを構えていました。その頼母までは片道2時間かけて歩いたとされ>ます。その当時の道が、現在三木埼灯台から元盛松に向かう時の道です。



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クリックで拡大できます


国道311号線の三木浦トンネル出口脇より、三木浦林道に入り、しばらく行くと「吉野熊野国立公園 三木崎園地 入口」と書かれた木製看板が見えます。ここが三木崎ルートの入り口です。この入り口から三木埼灯台までは昭和中期に整備されたもので、常緑照葉樹林に覆われた非常に歩きやすい道です。2月~3月ごろはヤブツバキに彩られます。


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三木崎林道からトレイルへの入り口

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とっても気持ちの良いトレイル


こんな気持ちの良いルンルン尾根道を歩くことおよそ30分、高度を一気に下げ、三木埼灯台へ到着します。真っ青な空の青と映える艶やかな白の灯台の組み合わせは、どこか地中海沿岸部の町並みを彷彿させます。この灯台は昭和3年の点灯から86年間、熊野灘を照らし続けています。

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三木崎灯台から先は急な下りとなり、三木崎半島の沿岸部をなぞるように残るトレイルを伝って元盛松まで行きます。このトレイルこそが、元盛松の当時の住民が頼母まで田んぼを見るために通った道です。7年前はつるやシダに覆われ、三木崎から元盛松までたった3kmの道のりを地図、コンパス頼りに2時間かけて歩きましたが、近年地元三木浦の人々の手によって整備され、非常に歩きやすくなっていました。


元盛松へ向かう前に、この三木崎界隈にあるとっておきのプライベートビーチならぬプライベートゴロタ浜でちょっと一服^^

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これがゴロタ浜
柱状節理の断面が荒波に削られたことにより形成された「ゴロタ石」による浜

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目の前は視界を占領する真っ青な熊野灘!

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ここならではの遊び、”外ぷろジャンプ”!!!!


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そして、旧生活道へと入っていきます

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以前に比べればだいぶ歩きやすいです

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参考までに、2007年の同じルート状況を

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同じく2007年の写真

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小半島を横切る峠に出ます。
かつて、炭焼きなどのために人の手が入った「二次林」が見られます。


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峠を下ると間もなく元盛松

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かつての集落東側入口であった「頼母側木戸跡」を過ぎると、集落の土台が徐々に見えてきます。

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ひときわ重厚な石垣は、庄屋宅だといいます。


集落跡から海辺に出ると、ここにも存在するゴロタ浜に出ます。このゴロタ浜からの眺めが頗る壮大!!
天気も気候も良い時だと、一日いても飽きることはないでしょう。この浜の西側に当たる断崖の一角は、かつての船着き場であったといわれます。海を経て三木浦などの集落へ出ていたのですが、外海であるためここに船をつけられる日は限られていたとのことです。この岩壁にへばりつく「カメノテ」を発見した仲間は「これ、うまいんだよなぁ」と大はしゃぎ(獲ってはいませんけど・・・)


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ゴロタ浜

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観光地にはなっていない、ほとんど人も入らない別天地!

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船着き場を目指す

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見て!この透明度!!!!


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浜の入り口にひっそりたたずむお地蔵さん


そして、元盛松を後にします。30分ほど山道を登り、三木崎林道の合流点である二又峠にたどり着きます。この道こそが、かつて元盛松の子供たちが三木浦へ通学していた道です。

林道へ出た後はおよそ40分林道を歩き、スタート地点である三木崎園地入口へ戻ります。

尾鷲市の沿岸部にはこんな埋もれたワンダーランドがいっぱいあります!


Buen Camino☆









新年会2015in赤倉 +秘境ルート  - 2015.01.26 Mon

¡Hola Buenosdias! caminotty@ちきゅうの道です☆

1月26日~27日の2日間、「外あそびプロジェクト」のコアメンバーとともに、熊野市赤倉の山里民泊あかくらにて秘境忘年会を開催しました。

まず、この赤倉。

人口数人のいわゆる限界集落のひとつで、現在でも携帯電話の電波が入りません。ここであまご養殖業「赤倉水産」を営む中平孝之さんが同時に経営している民泊がこの「あかくら」です。今はやり?の圏外旅行のまさに先進地であり、ここに泊まる日ばかりは日常の雑念、電波場のつながりを一切断つことができます。(実は私も数年前、半年ほどここでスタッフをさせていただきました^^)


そして「外遊びぷろじぇくと」


紀伊半島東部の大自然豊かな地域を遊び尽くそう!!」そんな志を持ったメンバーが立ち上げたアウトドアプロジェクトです。


泊まりメンバーは、焼き鳥屋「大吉」尾鷲店オーナー兼尾鷲市馬越にある旅人の宿「コテージ・ウッドペック」オーナー兼黒にんにく販売兼・・・・のまっさん、、奈良県上北山村で地域おこし協力隊として活躍している同年代のKちゃん、素潜り&山歩き(山走り)名人S木さん、大峰、熊野古道のトレラン走行距離はおそらく世界一であろうU君、そしてはるばる豪雪地帯岐阜県白川村からやってきた山岳ガイドわんたろうさん夫妻、私の 6人、そして翌日の秘境トレイルトレッキングは、外遊びぷろじぇくと発起人の一人で古道発掘プロ兼藪漕ぎ隊長、U山先生、平気で100km以上の距離を走る驚愕トレランナーのNさん、Sさん、山んばさんが加わりました。



まず、山里民泊あかくらの食事は基本、調味料以外はすべて赤倉周辺の地域で作られたものです。あまご塩焼き、あまごお造り(醤油は自家製のあまご魚醤)、猪鍋、シカ肉ハンバーグ、赤倉で採れた野菜を使った数々の品・・・季節外れの低気圧通過による雷鳴を聞きながらお腹がはち切れそうなご馳走を囲んでお酒と会話は進み、「まだ11時くらいだよね」なんて思っていたらすでに午前2時・・・


その後もしばらく話は進み、「よくこんな変人が集まったものだわあははは」との言葉をくくりにその日は午前4時に眠りにつきました。


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最近オーナーの中平さんが設置したという懐かしいランプ


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七輪で焼かれるあまごの塩焼き


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あまごお造り 自家製ならではの豪華さ!!!
ちなみに、この下に敷いてある大根つま、チサ菜も赤倉の畑で採れました


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翌日27日は、赤倉の少し下流にある場所から入るガンガラ滝を経由して、この地域の聖地であり修験の山であった妙見山に抜ける裏巡礼道秘境ルートを歩く予定でした・・・が、ガンガラ滝の上にある朽ち果てた鉄製の道がついに通れない状態になっており、泣く泣く撤退・・・。増水のため難儀して渡った沢を再び戻り、一行は車を50分かけて御浜町神木へ。ここは私たちがスタートしたガンガラ滝から見て妙見山をはさんで反対側に位置しており、妙見山まではよく整備された巡礼道が残っています。本来ならここに出てくる予定でしたが、やむを得ずコース変更となったため、表側から歩くことになりました。


今回のコースを完全踏破したときのジャーナル(2014年3月11日)

http://caminottynabi14.blog40.fc2.com/blog-entry-866.html




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地図 緑船が今回歩いた道で、赤線はルート状況のため歩けなかった区間です
(U山先生より)


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県道52号からトレイルに入り、ガンガラ滝へ
この道は奥熊野から妙見山へ参る古来からの道です

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途中の沢渡り区間 
夏なら泳いでしまうんだけど、1月下旬のこれは結構つらいです~
(でもみんなテンション全開でした^O^/)

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道中祀られている耳島様
耳の病気平癒にご利益があるといわれています


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かなり増水しているガンガラ滝

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そして問題の場所
中央やや左寄りに見えている崩壊中の道、横木が崩れていて危険と判断・・・ここ一か所だけのためにやむなく撤退
ちなみに、増水のため、トラバースも一切無理でした。


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ちなみにこれは難なく行けた去年の状態  横木がまだ健在です
きっと、昨年夏~秋の台風で壊れたと思われます



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車まで戻り、50分かけて反対側の神木へ

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神木側の歩きやすい旧巡礼路

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この石灯籠は、体力弱者など上まで詣でられない人々の遥拝所とのことです


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妙見山山頂


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妙見倉 この奥にある巨岩がご神体です


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ふもとの原地神社に戻ってきました



この後は熊野市のファストフード店で談話し、解散しました。



Buen Camino^_-☆

雨の“裏古道” - 2011.06.13 Mon

昨日は雨の中、紀伊半島奥地の生活道跡、大杭峠を歩いてきました。この道は熊野川から那智山に至る古道であり、山間部を結ぶ生活道であったほか、聖地那智山への近道でもあったため、「裏熊野古道」の役目も果たしていたとされます。

当初は熊野川縁から那智山までの踏破を予定していましたが天気が思わしくなかったので那智との往復にし、好天の時に再度踏破をすることにしました。(肝心な大杭峠の写真を忘れてしまいました・・・m(_ _)m)


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山仕事の人はこの道を使うため、まだまだ現役の生活道です

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かつて存在した集落の土台

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途中で那智山を遠望! こんなふうに見たのは初めて!


峠を往復した後は河原でランチ。T氏のバーナーでお湯を沸かし、皆それぞれ持ち寄ったカップラーメンやスープ、コーヒーを作ります。ランチの途中で雨が本降りになってきました。

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この後は傘を差しながら大門坂を経て那智山一周しました。何回行ったかわからない那智の滝ですが、これほど水量の多いときに行ったのは初めてかも。なかなかの迫力でした。


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大門坂

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雨水したたる杉の樹肌

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那智の滝


そして夕方頃、那智山のふもとにある温泉に。温泉に併設されている食堂でちょっと休憩をしようとしたところ・・・・・話が盛りに盛り上がってしまい、こんな状態になってしまいました・・・


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さらに一本増えて・・・

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ちなみにこれは3人によって空けられました(笑)帰りの運転手担当の私は一滴も飲んでませんからね~


数十分いるつもりが3時間ほど盛り上がり、外はすっかり真っ暗。帰りは話題になっている那智勝浦のラーメン店で夕食をとり(約一名は車でつぶれちゃってました・・・)、紀宝、御浜、そして尾鷲への帰路につきました~


T氏、Sちゃん、みかん君、ありがとうございました~^▽^


元盛松 - 2011.06.08 Wed

7日は友達と休みを合わせ、尾鷲市南部の沿岸部に眠る集落跡、「元盛松」に行ってきました。


この元盛松とは、昭和4年まで集落があり、普通に人が生活していました。小半島の外海側という地理的条件のため、通学などで町へ出るために陸路なら峠越え、海路なら荒波ぶつかる海域を通らなければならないという不便さがあり、昭和4年に全戸家ごと尾鷲市三木浦地区の西側に当たるコノワ地区に移転しました。以降80年以上に渡って人の姿がなくなったため周囲は自然に還り、家の土台にあたる重厚な石積みだけがたたずむ光景に変わっています。そのノスタルジックな雰囲気と当時の生活様式を知ることができる歴史的価値の高さから近年考古学者や観光関係者の注目を浴びることになっています。


7日の天気予報は昼前から雨、私たちはちょいと早め(といっても朝8時w)に家を出て、9時前に集落跡入口の二叉峠を出発しました。しばらく続いた雨のため、きれいに残る石畳は滑りやすくなっています。かつての生活道である山道を20分ほど下ると、猪垣が現れ、尾根上の広場に出ます。ここは地元の子どもたちが運動場として利用していたとか。


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                   運動場跡



ここからさらに山道を下ると、苔むす石畳みがびっしりと残る道に出ます。ここは集落の中心を貫く通り、いわゆる「メインストリート」でした。途中で石畳の十字路があり、左に折れると隣の「奥地」地区へと通じる道となります。この通りにはひときわ目立つ庄屋跡も見られます。また、ここから山手には寺跡があり、そこには松の巨老木が今にも倒れんばかりに傾いています。この松こそが「元盛松」の由来となったとか。


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                 メインストリート

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                 寺跡に通じる道

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               寺跡に残る松の巨老木

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                    庄屋跡


十字路からさらに進むとやがて森を抜け、とつぜんゴロタ浜(大型の丸石による浜)と大海原が目に飛び込んできます。常に荒波が打ち付けるここがかつてこの集落と周辺集落とを結ぶ船着き場でした。普段は波の音しか聞こえず、きっとここに人がいた当時と変わらないであろう風景です。時折目の前を横切る漁船のエンジン音が80年の時を経たことを実感させます。

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                  ゴロタ浜

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            船着き場跡 これは相当な技量を要しそうだ・・・

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      海岸と集落跡の間にたたずむお地蔵さん


帰りは来た道をそのまま引き返し、30分かけて二叉峠へ戻ります。湿気と小雨のためか、たったこれだけの歩きなのに汗だく・・・

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帰路の林道から見下ろす三木浦湾と背後には八鬼山や矢ノ川方面の険しい山並み



時刻はちょうどお昼前、昼食は人気の地元お母ちゃんのランチバイキング「夢古道おわせ」に以降ということになりましたが、せっかくなので食事前に海洋深層水のお風呂で汗を流しました。平日の昼間は人が全くおらず、ゆ~っくりの~んびりできました~☆ランチバイキングでしばらく話し、その後古道センターで友人が昔からつながりがあるという新人スタッフに会いに行き、ちょっとT氏に会いに行き、17時頃家路につきました


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大台山系探索 - 2011.05.23 Mon

5月18日の水曜日、仲間総勢20人と大台山系の某所にたたずむ近代の古道を探索してきました。(本来、有志6人だったはずが“連れもていこら”のノリでこの人数になったとか・・・^^;)


この大台山系とは正式には台高山脈といい、北の高見山から南の大台ヶ原山まで三重県と奈良県の県境をおよそ75kmにわたって連なる山脈です。今回探索した南部域は日本最多雨地帯に属し、その気候は良質の木材を産出してきました。大台山中には、明治期から昭和初期にかけ、主に木材搬出のために木馬道や索道、トロッコ道が敷かれました。現在はその道の一部が大台ヶ原への登山道や林道として残っています。その古道網は驚くほど広範囲で、場所によっては「こんなところまで!?」と感嘆の声を上げてしまうほど険しい地形も通っています。残念ながらこれらのほとんどは2004年9月の台風21号をはじめ毎年のように訪れる台風や豪雨のため2011年現在はほとんどが荒れた状態になっています。しかし、これが古来からこのような気候と付き合ってきたこの山域の現実であり、自然の流れなのです。


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            険しい大台山系と旧道

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   旧道に残るカーブミラー 台風による土砂で随分埋まっています・・・

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        すぐにこういう事をしたがる私たちw

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その昔、山師たちが休泊した小屋跡にたたずむ一本杉 樹齢400年以上という
小屋は跡形もなく、土台の石積みと洗面所と思われるタイル構造と酒瓶が残るのみ

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     洗面所のタイル構造 幾何学フェチ☆

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大台ヶ原から派生する支尾根を抜く隧道 昭和34年(伊勢湾台風の年)の完成

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1966年まで使われていた大杉谷索道卸し場跡 
ここから険しい大杉谷を横切るように索道が架かっていました
東洋一の索道と称されたこともあるとか・・・

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索道卸し場への階段 
このゆがみが45年という歳月とこの場所の気候的な厳しさを物語ります

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 紀北町船津まで通じていたトロッコ道跡(右下部分の石積み)

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大杉谷へと流れ込む千尋滝の上流部まで歩いてみた・・・
高さ120メートル、高所恐怖症者要注意!!

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    それ以上行かないで下さ~~い

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     この時期の主役といえばやっぱシャクナゲ

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     そして道なき道を戻ってゆきます


帰り、林道でのパンク騒動はあったものの、皆さんの冷静な対処により何事もなく無事に町へ下りてきました。この山中、よくあるそうですよ、パンクに起因する救助要請が(汗)山中に入る際はお車も十分に気をつけて下さい・・・。


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       昼下がりの大台山系と往古川

九木崎原生林 - 2011.04.12 Tue

10日の日曜日は、仲間3人と一緒に尾鷲沿岸部に突き出る九木崎の原生林を歩いてきました。ここは屋久島にどことなく似た原生林独特の神秘的な景観が広がる場所ですが、かつては岬周辺にブリ大敷き網見張り小屋があり、見張り人が足繁く通った生活道も通っています。電話線が開通して以降はその役目を終え、それ以降この道はハイカー、史跡調査者、そして釣り人がごくたまに行き交う程度となっています。

常に外洋から打ち付ける波音が響き渡る静寂な原生林の中を注意深く見ると、かつてこの道を守った石積み構造や炭焼き釜などが至る所に見え、自然に返った今でもしっかりと人々の営みが記憶されていました。


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九鬼の町から原生林トレイルにはいると、まずは植林の道がでてきます

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徐々にこんな光景に・・・

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   道の谷側には崩壊を防止する石積みがしっかりと残っています

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         自然の力で割れた岩 

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途中で満開のヤマザクラに出会う

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九木崎の突端 照葉樹の先には大海原~


途中、原生林トレイルを外れてオハイと呼ばれる場所に寄りました。ここは岩盤の上が開けていて間近に海が眺められるポイントです。「オハイ」の名前の由来が不明なのですが、ここで仲間同士で議論が始まります(笑)私は「南風(はい)が吹くことを願い、南風を敬うために御をつけて御南風としたんじゃないかな~、ほら、ここもろ南向きだし~」なんて勝手なことを言ったりしていました☆仕事柄キチンと調べなきゃダメなので(汗)、由来がわかったらまたここにてお知らせします~


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    オハイの岩盤を伝う沢の水

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    山の養分をたっぷりと含んだ水はそのまま海へ流れ出ています

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     オハイ全景 ダイナミック~!!


台高山脈・大台辻 - 2011.04.04 Mon

この土日は、予約が入っていたツアーがキャンセルとなってしまったため、プライベートなトレッキングとなりました。

3日(日)、山とビジネスのベテランT氏とともに台高山脈の大台辻を往復してきました。三重県、奈良県県境を70kmにわたって走る近畿の秘境、台高山脈は私の大好きなフィールドで、ちょくちょく訪れています。この中の大台辻とは、この山脈最高峰の大台ヶ原の北側に位置している峠で、大和と奥伊勢大杉谷を結んでいた古来からの道です。現在では大台ヶ原への登山道のひとつとなっていますが、2004年9月の台風によって所々が崩落しています。


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                  地図

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         道中の奥吉野地方は一足早く桜満開!


大台辻への登山口は、大迫ダムを伝う奈良県道224号の奥にある秘湯、入之波(しおのは)温泉からさらに奥に詰めた筏場という場所にあります。携帯電話も通じないような山奥にあるスペースが駐車場となっています。ポツリと立つ、人が住んでいるのか住んでいないのかわからないような小屋からちゃんと管理人が出てきてキチンと1000円を徴収してきます^-^♪


ここから山道が始まります。しばらくは本沢に沿う非常に歩きやすいトレイルが続きます。筏場吊り橋を渡り、しばらく歩くと道が右側にぐいっと折れ(ここ間違えやすいので直進しないように!)、釜ノ公谷へと入ります。ここから先はいよいよ勾配が増してきます。


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         森林に包まれた本沢沿いのトレイル

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         本沢のきれいな流れ


さて、このトレイル、秘境に遺されたいにしえの生活道ということもあり、とてもしっかりした道なのですが、前述のとおり2004年の台風のために所々が大変なことになっています・・・。まず、三十三荷とよばれる場所に立つ小屋・・・

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この小屋を筆頭に、この先はいくつかの崩壊箇所が次々と現れます。先達たちがその崩壊箇所を巻くための道orロープをつけてくれていますが、通行自体危険を伴いますので初心者や体力にあまり自身の無い方は撤退する勇気を持って下さい。以下、台風からのありがたくない贈り物。


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          雪が舞う中、こんなトレイルと行くといきなり・・・

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             道ナッシング~!!

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             こうなっております

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     なんとかトラバースしてみる(あまりマネしないでね・・)


なんとか無事に、標高1200メートルの大台辻に到着しました~ 峠はうっすら雪化粧。これでは雪山とはいえないけれど、おそらく今シーズン最後の雪でしょう。ここで凍えながらカップラーメンとコーヒーで一服。


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           幻想的な大台辻  


ここで私がふと思ったこと。この大台辻が位置する「台高山脈」、字体がなんとなく「台風山脈」に似ている!T氏に言ってみると、「なるほど、どうりで毎年のように台風の被害に遭っているのか」と納得。ちなみに、台高山脈の名前は北端の高見山と南端の大台ヶ原から一文字ずつとったことに由来しています。

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この「安心橋」も台風襲来時には崩落していて「危険橋」状態でした・・・     


大台辻を辞した後は、来た道を戻り、筏場へ。道中秘湯の入之波温泉にゆっくり浸かり、帰路につきました。

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           暮れゆく奥吉野の山里(奈良県下北山村)

   



いにしえの生活道 - 2010.12.09 Thu

今日、友人のRikachangと、熊野市二木島町とサンマ漁の町遊木町とを結んでいた峠道を調査してきました。この道は集落同士を繋いでいた生活道のひとつで、有名な参詣道熊野古道とはまた別のものです。生活道は生活道で、全部をつなぐとかなり見事な道路網が出来上がります。本日はその一部であるおよそ3キロ。

案内人は、熊野市在住のKさん。ジャングルが大好きというなかなかワイルドでカッコいい男性です。

漁船のエンジン音が師走独特の寒空に響き渡る二木島の町をあとにし、私たちは山道に差し掛かりました。

道はしっかりと残っており、石畳、畑跡、猪垣など、生活跡までもはっきり確認できます。そこにツタが巻き付いたりしていてワイルド感バツグンキラキラ

この峠道はそれほど規模も大きくなく、40分で峠に到着。峠で少し休憩した後、遊木まで下ります。私は以前に一度来たのですが、シダが覆い被さり、道という道を確認できませんでしたが、今回はこのKさんの手厚い整備のお陰で甦った立派な古道を歩かせていただきました。

ホント、私たちがこうして楽しく好奇心キラキラの状態で調査ができるのも、そこへ導いてくれる人々のお陰なんだなぁニコニコ

帰りは車を二木島側へ停めていた関係で同じ道を再び越えて帰りました(笑)



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二木島を後に


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               道中に立派な石垣を見る

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                古道

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                        峠

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                    遊木が見えた?


昼頃、Kさんと解散し、私たちは新鹿町にあるおすすめの食堂でランチ☆魚とお野菜をふんだんに使った定食に舌鼓。

ここで、「自分の誕生日に起きた過去の大きな出来事」という、ちょい興味深い話になりましたにひひ

いろんな事例が出てきたのですが、中にこんなビックリの事例が。


Rikachangの誕生日は(といっても生まれる1000年近く前)熊野三山のひとつ、本宮大社の社殿が大火により焼け落ちた日、そして私の誕生日には(生まれる91年前)台風による大水害で本宮大社の社殿が流されました。これは明治の大水害と語り継がれ、元の本宮大社は現在の大斎原(旧社地跡)となりました。


笑い話が一瞬止まり、びっくりする私たち…

これはその分、私たちが熊野の文化や歴史を大切にし、語り継いでいく必要性があることを意味しているのかな…


みちびとのたわ事?A diary of route journey?-P1110620.jpg




本日のオマケ
「幾千の瞳」

みちびとのたわ事?A diary of route journey?-P1110621.jpg

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